大人のバックカントリー山旅・利尻山 

 2011年4月5日

長官ピークからの利尻本峰、右下にちょこんと避難小屋が見える

長官ピークからの利尻本峰、右下にちょこんと避難小屋が見える

利尻山は、 魔物の住む山としてアイヌの人たちに畏れられていた。 江戸時代に最上徳内、松浦武四郎、間宮林蔵たち探検家が利尻に訪れているが、 峻険な利尻山の登頂者にはなれなかった。 利尻が地図に初めて描かれるようになったのは、 1644年に松前藩が幕府に提出した正保国図。 この頃はまだ国防意識は皆無だったのではないだろうか。 海国兵談を著した林子平が、 蝦夷図全図に「夏月猶積雪アリ」と利尻山を描いたのが1785年。 なんとその2年後、フランスの探検家ラ・ペラーズ ラングル大佐が、 利尻山をラングル峰と勝手に命名しているので、 幕府から不遇だった子平のひたむきな思いは、 世界史を動かす大きな力になっていたかも知れない。 実際、後年になって、 小笠原諸島領有問題で子平の著作が大きな役割を果たしている。 利尻山の初登頂は、 明治の時代になって修験者により、ようやく成し遂げられた。

礼文に向かう稚内からのフェリー第1便が眺められた

礼文に向かう稚内からのフェリー第1便が眺められた

 天気予報通り、今日は風も穏やかそうで絶好の山スキー日和だ。 朝7時にKさんに宿まで迎えに来てもらう。 昼食のお弁当用にと家内がせっせとサンドイッチを準備していたが、 ご親切にもKさんは私達の分のおにぎりも用意してくれ大変有り難い。 なんと利尻産の海苔と鮭のおにぎりで、 奥様のお心遣いに感謝である。 スタートは標高50m、 鴛泊の町のはずれの高台にある利尻富士温泉の駐車場。 はじめは単調な車道歩きだが、 バンガローが建ち並ぶ野営場からいよいよ森の中を縫うように進む。 利尻の植生は北の山らしく蝦夷松や椴松の針葉樹が多いが、 ところどころ岳樺などの広葉樹も見られる。 ちなみに利尻の主といわれている巨木はミズナラなのである。 快調に標高444mのポン山の脇を通り越し、日本100銘水の甘露泉も過ぎ、 1時間30分ほどで標高500m付近の広場と呼んでいるところに到着。 利尻山の森林限界である。 視界が一気に開け、アルプス的な景観が広がる。 ここまでウロコスキーで軽快に進んできたが、 いよいよシールとクトーをスキーに装着して本格的なスキー登山である。

 昨年は、数日前の雨の所為で凸凹のアイスバーンで苦労した標高550m付近

昨年は、数日前の雨の所為で凸凹のアイスバーンで苦労した標高550m付近

過去2回利尻山をチョコっと登って滑っているけど、 最高到達高度は761m。 今日は1721mの山頂を目指して黙々とひたすら登る。 すると背後から「ボーーーー」と船の汽笛が聞こえてくる。 稚内発の第1便が鴛泊の港に入港する合図だ。 鏡のような海面に汽笛が反響して、 きっと時化の時よりも澄んだ音で利尻山を響かせているにちがいない。 耳を澄ませば、 時には漁船のけたたましいエンジン音まで聞こえてくる。 海と山がこんなに近くでつながっているなんて、 とても不思議な感じがする。

利尻本峰の向こうに蝋燭岩が見えてきた

利尻本峰の向こうに蝋燭岩が見えてきた

登るにしたがい尾根は細くなり、 クトーをしっかり利かせないと滑落したら谷真っ逆さまである。 高度を上げるにしたがい展望は開け、ますますアルペン的景観になっていく。 風が少ないので気分は最高、3人は思い思いのペースで登る。

礼文に向かう稚内からの第2便も眼下に眺められた

礼文に向かう稚内からの第2便も眼下に眺められた

細尾根の両側はスキー向きの大きな谷。 左側が一般的なスキールートだけど、 右側の谷がなんとも気持ちよさそうである。 滑り降りていくと鴛泊ではなく隣町の沓形方面へ行ってしまう。 でも、こんなに綺麗な斜面が続いているのだから、 こちら側を滑らない手はないだろうなどと帰りの楽しみがふくらんでくる。

長官山への稜線を快適に登行、背後の島は礼文島

長官山への稜線を快適に登行、背後の島は礼文島

 後日、観光協会の会長さんと役場のHさんが、 わざわざ私達のために宴を開いてくださった時、 私達が滑ったその谷の名前を聞いてみた。 下部の沓形あたりでオビヤタンナイ沢という涸沢が表記されているが、 上部の谷が明瞭な部分の名前ははっきりしないということだった。 まぁそれだけ利尻のバリエーションルートが、 あまり登られたり滑られたりしていないということだろうか。 山スキーのエキスパートでもある会長さんには、 ぜひいい名前を付けてくださいと頼んでおいたんだけど、 酒の席だったから覚えていてくれているかなぁ。

長官ピークへの最後の急斜面

長官ピークへの最後の急斜面

 11時30分に1250mの長官ピークに到着。 地図上の長官山から少し利尻本峰側の小ピークで、 1218mの長官山より少し高い。 標高50mの利尻富士温泉を歩き出したのが7時半頃だったので、 なかなか快調なペースだったのではないだろうか。 私の後にKさん、 そして15分後に家内も到着。

のんびり途中でおにぎりを食べながら登ってくる家内

のんびり途中でおにぎりを食べながら登ってくる家内

 1721mの絶頂が眼前にそそり立つ。 山頂を踏むためにアイゼン、ピッケルは準備してきているものの、 登ってきた反対側に広がる豊漁沢源頭斜面が、 なんとも気持ちよさそうで滑降意慾をそそる。 山頂は天竺のY君のためにもお楽しみにとっておいて、 今日は長官ピークからの滑降を大いに満喫することとする。 家内に写真撮影をお願いして、 東斜面で雪も適度にゆるんだ大斜面に自由気ままなシュプールを刻む。 Kさんも私と同様、登り返して2度遊ぶ。

豊漁沢源頭斜面で遊ぶ

豊漁沢源頭斜面で遊ぶ

 豊漁沢はこのだだっ広い大斜面から一気に急になり、 険悪なゴルジュ帯となる。 山頂からの滑降ルートとしてはこの沢に入りこまず、 右側の東北稜にルートを見つけて滑るのが一般的なようである。 後日Kさんとこの東北稜下部で遊んだが、 雪が緩んで危険がなければ標高差1700mのスキー滑降はそうとう充実感があるだろうと思う。

東北稜の眼下に見えるはっきりした沢はオチウシナイ沢

東北稜の眼下に見えるはっきりした沢はオチウシナイ沢

 のんびりおにぎりの昼食を食べて、 記念写真を撮って、 いよいよ登っている最中から思いを募らせていた谷を滑る。

本日、滑降する無名の沢

本日、滑降する無名の沢

 なんという綺麗な滑降ルート。 誰も滑った跡がない。 日頃から誰も滑っていないウラヤマの純白無垢な斜面が当たり前だけど、 ウラヤマにこれだけのスケールはない! そして北アルプス級のスケールでありながら、 眼下の遙か先に街並みがあり港があり大海原が広がっている。

雪は柔らかくなり余裕の滑降

雪は柔らかくなり余裕の滑降

 午後1時、いよいよ滑降開始。 上部はたぶん40度前後の急斜面。 雪も少し緩み始め、 確実にエッジを利かせてターンを重ねる。 Kさんが転倒した拍子に滑落しそうになり、 速く止めるよう大声をかける。 スピードが付けば下まで止まらないだろう。 しかし高度を下げるにしたがい雪は柔らかくなり、 自由気ままにシュプールを刻んでいく。

北アルプスの薬師沢源流を彷彿とさせる広大さ

北アルプスの薬師沢源流を彷彿とさせる広大さ

 こちら側の谷もコンデョションが良ければ山頂近くからの滑降も可能だろう。 利尻山は360度、下から上まですべて魅力的な山である。

距離感が麻痺してる

距離感が麻痺してる

 下部は雪が腐ってきてスキーが引っ掛かるようになってきた。 途中でワックスを塗ったり、記念撮影をしたりしながら、 延々と滑降を楽しんだ。

時々後ろを振り返りながら、のんびり滑る

時々後ろを振り返りながら、のんびり滑る

 そして、スタートした利尻富士温泉へ戻らないといけないので、 途中標高550m付近から右へトラバースをする。 いくつもの小さい尾根や沢を乗り越えてぴったりバンガローが建ち並ぶ野営場に合流。 あとは車道をのんびり滑って、 午後3時過ぎに利尻富士温泉にゴールした。

山行後、ペンションレラモシリの露天風呂から眺めた残照の利尻山

山行後、ペンションレラモシリの露天風呂から眺めた残照の利尻山

 夜は、Kさんと3人、こぶしという飲み屋で、 今日の最高のスキーの祝杯をあげた。 私達にとっての利尻山は、 利尻山の登山史のように、そう簡単にやすやすと登ってはいけないのだ。 じっくり長く、楽しみながらいろいろな利尻山を味わっていきたい。

本日の軌跡

本日の軌跡

本日総距離17km、標高差1300m

本日総距離17km、標高差1300m

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