忠次郎山のこと、忠次郎沢のこと(県境稜線トレイルの山名についてその1)

大黒の頭からの白砂山源流は、バックカントリー天国

大黒の頭からの白砂山源流は、バックカントリー天国

白砂川源流の沢の名前には昔の人の名前が付けられているものがあります。

例えば忠次郎沢や源四郎沢、庄九郎沢、興五右衛門沢(黒渋沢)です。

これらは、昔の熊捕猟師の狩りの縄張りから付けられた沢名だと思われます。

すると、白砂川源流最大の支流、猟師の沢というのは、

共同の狩場だったのでしょうか。

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砂地に残る真新しい熊の足跡

白砂川源流にはたくさんの熊が棲んでいるようです。

数年前、紅葉真っ盛りの白砂川を沢登りしたときは、

真新しい熊の足跡にいくつも出逢いました。

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手前から赤沢の頭、忠次郎山、上ノ倉山

忠次郎山は、

沢名だけでなく沢の源頭にある山頂の頂にまで名前が付けらていますが、

忠次郎とはいったいどんな猟師だったのでしょう?

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左から忠次郎山、上ノ倉山、大黒の頭

忠次郎とは、吾妻一の熊捕名人といわれた四万の猟師、佐々木忠次郎のことです。

忠次郎は、父市太郎から熊捕の秘伝を教わって24歳から猟師になりました。

写真で見るとなかなかのハンサムな方です。

1953年(昭和28年現在)の67歳の時点で、

猟師生活43年の間になんと120頭もの熊を射止めたそうです。

どんな年でも1頭以上は射止め、昭和4年はひと冬に8頭を射止めたのが最高。

スルスの岩洞内部に残された古いスコップ

スルスの岩洞内部に残された古いスコップ

猟期に入れば四万から40㎞の奥地にあるスルスの岩洞を根城に小屋掛けして、

穴熊を狩るために山籠もりの生活だったようです。

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忠次郎山

ところで忠次郎山は、

上ノ間山からはどっしりとした山容でなかなか存在感のある山ですが、

山頂は樹林に覆われていてまったく展望が利かないのがちょっぴり残念。

でもバックカントリーの季節、忠次郎沢はとっても魅力的です・・・

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