続・野反湖~鳥甲山ロングトレイル(鈴木牧之の秋山記行の話など)

地蔵峠から白砂山登山道と別れていよいよ・・・

地蔵峠から白砂山登山道と別れていよいよ・・・

 

地蔵峠の由来は、このブログでもどこかに書いておいたと思います。

鈴木牧之の秋山記行にはそのことを証明するようかのように、

次のような文章があります。

「岩菅山の頂上には岩菅大権現という神社があります。

山は信濃の国で松代の殿様の領地ですが、上野の人が大勢参詣します。」

やはりここにお地蔵様があるのは、

この峠が当時(1828年)の岩菅山への通り道でもあったということでしょうか。

左京横手から時々野反湖が見えます。

左京横手から時々野反湖が見えます。

 

地蔵峠からいよいよ大倉山西裾を巻くように付けられた左京横手を、

いくつかの沢をまたぎながら1748mの西大倉山まで頑張れば、

そこが渋沢ダムへと一直線に下る峠でもあります。

一直線といっても実は数えきれないくらいの九十九折れの道なので、

120曲りとも180曲りとも古文献に書かれていて、大倉坂と呼ばれています。

下ったところは平らなとても気持ちいい場所で、古い小屋が残されています。

この辺りのことも秋山記行にはいろいろなことが書かれていて面白いです。

特に秋田マタギが草津温泉にイワナや獣の肉を卸していたという話は貴重です。

でもこの小屋跡は昔の入山の猟師がかけた小屋だと聞いたことがあります。

昔の入山の猟師がかけた小屋跡

昔の入山の猟師がかけた小屋跡

 

大倉坂の下りは、ちょうどブナの黄葉が真っ盛りだったので、

素晴らしい時間を過ごせました。

甘~い香りが漂ってくるのは、ブナハリタケ独特の匂いのせいです。

他にもムキタケなども見かけました。

ブナハリタケ

ブナハリタケ

 

渋沢の釣り橋を渡ると東電の渋沢ダム関連の施設があります。

数年前まで釣り師のための避難小屋(バラック)があったのですが、

ついに倒壊したので撤去されたままです。

(でも今年中にヘリで新しい避難小屋が運ばれるという話を聞きました。)

渋沢ダム下の大きな淵の中には、たいてい岩魚が泳いでいる姿を見ることができます。

渋沢ダムから下流の景色

渋沢ダムから下流の景色

 

小さなダムサイトを渡ると魚ノ川水平歩道が切明温泉の近くまで続いています。

もちろんこの道は昭和の電源開発によって新たにつくられた道です。

秋山記行には、当時の秋田マタギたちは、

この魚ノ川の深い渓谷を鳥が飛ぶように行き来していたとあります。

月夜立岩と大岩山

月夜立岩と大岩山

 

僕がガイドする水平歩道で一番のパノラマポイントです。

深い谷底からゴーゴーと迫力の瀬音が響いてきます。

この場所から下を眺めるのもスゴイ眺めですが、

渓谷を遡行したら下からの眺めはどんなでしょうね・・・

鳥甲山の登りの景色

鳥甲山の登りの景色

 

いくつか沢を跨いだり、トンネルを抜けたり、

一箇所、通行止めのトンネルのところは山を巻いたり、

最後に土石流で荒れた沢を渡ると水平歩道は終点になります。

ここから九十九折れの道を急下降して魚ノ川のつり橋を渡り、

林道を30分ほど歩けば今宵の宿切明温泉です。

翌日は鳥甲山を縦走して屋敷から津南にバスで抜けましたが、

この話はまたあとで・・・

 

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