尾瀬の春を駆け巡る(至仏山~外田代~景鶴山~アヤメ平)

2001年のGWの記録です。

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威圧的な景鶴山頂の岩稜直下を滑る。

 景鶴山は気になっていた山だったが、なかなか訪ねる機会がなかった。残雪期なら尾瀬ヶ原からいろんなルートがとれそうで、地図を見ていると想像するだけで楽しくなってくる。無雪期はちゃんとした登山道があるかどうか知らないが、積雪期の一般ルートは大白沢山から東電小屋へと続く県境稜線伝いだろう。今回は、猫又二股から外田代を通って適当に県境稜線に這い上がり、景鶴山の西肩を目指す自由気ままなルートで歩いてみた。西丸震哉氏はこのあたりのことをいろいろな文章に残していらっしゃる。「只見川源流をさぐる」や「カッパ山」はおもしろい。私が読んだのはもう10年以上前なので、久しぶりに引っぱり出してみたが、やっぱりおもしろくて出掛ける前に目を通しておくべきだった。そうすれば、地形図にあるカッパ山どころか、西丸氏の主張するカッパ山にきっと立ち寄ったのに。実際はその両方のカッパ山の間を気にも留めずに通り過ぎてしまったのだ。

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1日目の至仏山ムジナ沢はガスの中の滑り。

 1日目は鳩待峠から至仏山に登り、ムジナ沢を滑り降りて昨年と同じ場所に幕営した。残雪が異常に多かった昨年に比べてやはり1mは少ない。それでも雪の少ない年に比べればずっとマシな方だろうか。いまいち天気が優れず、山の上部はガスがたちこめていて、展望が利かない。しかし、たくさんの登山者が登る一般ルートだからしっかりトレースがあって、なんの迷いもなく至仏山頂に着いた。悪沢岳手前付近は毎年必ずといっていいほど遭難者が出るようで、親切を通り過ぎてうるさいくらいにコースロープが張ってあった。頂上には10人近くのスキーヤーや登山者が休んでいた。幕営道具一式と缶ビールが4.1リットルを背負ってだから、鳩待峠から三時間もかかってしまった。ここで0.35リットル分減るとしても、これだけの荷を背負ってムジナ沢を下るのは辛かった。途中雪が切れているのが心配されたが、まったくスキーを脱ぐことなく尾瀬ヶ原まで下れた。

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野反の山とそっくりの景色じゃないか。(猫又二股から外田代への登り)

 朝早くから幕営地の前を数パーティが通り過ぎていく。ほとんどが平が岳を目指すに違いない。私たちは景鶴山を目指す。ここをベースにして、身軽に日帰りで行ってくるのも考えたが、今回は幕営道具一式を背負って歩き回ってみたかった。これから行く先にどんないい場所があるかわからないので、また戻ってくるなんて辛い。重い荷というリスクは承知の上だ。

猫又二股から外田代へ登りやすそうないい尾根がある。立派な針葉樹林の森で、野反のハンノキ沢から堂岩山への尾根とよく似た感じで、懐かしい気がした。急なところはわずかで、容易に1735m地点に着く。ここに立って振り返ると至仏山がどっしりとそびえている。遠く谷川の山々も望める。目指す景鶴山をはさんで眼下に外田代の湿原が眺められる。西丸氏が岩塔盆地と名付けているところだ。ここがあまりにも見晴らしがいいので、連れにさっそく幕を張ろうと提案したが却下された。八海山や二つのカッパ山などをのんびり歩きまわるのもいいなあ。

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至仏山はまったくいつもどっしりと構えている。

 外田代付近は変な地形だけれど、西丸氏の「只見川源流をさぐる」を読むとなるほどなと納得する。太古の昔からの尾瀬の変遷を知れば、なんとも不思議な地形の謎を解く鍵は、カッパ山だったのだ。(興味がある人はぜひ読んでみてください。)そんなことつゆ知らず(昔読んだことはすっかり記憶の外!)、ちょっと気がかりに思いながら通り過ぎる。体力があったら立ち寄りたいと、ちらちら思ってはいたのだ。

さすがにGWで、連休前半のらしきトレースが1735m地点から西丸氏曰く岩塔ヶ原付近まで残っていた。足を踏み入れる人はやはりいるものだ。岩塔ヶ原を突っ切って、県境稜線を目指す。振り返ると、至仏山がまったくいつもどっしりと構えているのだ。

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ひうち岳

 さすがに県境稜線には、何パーティーものトレースがあった。すぐそこに景鶴山の岩稜が仰ぎ見える。重い荷を下ろして連れを待つ。かなりばてているので、ここで幕を張ろうかと提案したが、またまた却下される。ここもいい感じだけどなあ。

まだ昼なので、ゆっくり大休止にすることにした。樹林越しに昨年訪れた平ヶ岳が望める。遠い。遠いけど、人気のある山だ。結構な人数が今頃山頂で感激しているに違いない。人間なんてちっぽけで、まったく見えないけど。

景鶴山を目指す。しばらく樹林の尾根を登ると、一気に景色が開けた。山頂直下は、見事なケイズル沢の大斜面で、向こうに今度はひうち岳がどっしりと構えていた。ふと気がつくと、2人のスキーヤーがちょうどケイズル沢を下り始めようとしているところだ。よく見ると、昨日至仏山頂で少し話をした人だった。大きな声で、「昨日至仏の頂上で会いましたね。」と声をかけたら、もう滑ることに神経を集中しているらしく、「そうですか。」と言い残して慎重に滑り降りていった。

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景鶴山頂からの眺めはなかなかのものだ。

 景鶴山頂へは、北側を巻いて東の肩から登った方が楽そうだった。荷を西の肩にデポして、空荷で回り込む。さらにスキーも東の肩にデポして、急なやせ尾根の踏み跡を登ると頂上だった。景鶴山頂からの眺めはなかなかのものだ。ひうち岳や至仏岳からの尾瀬ヶ原の眺めは、もう見慣れたような景色になってしまっているが、初めての景鶴山からの眺めは新鮮だ。こうして横に長い尾瀬ヶ原もいい。まだ原っぱは白一色で、河畔林がはっきり観察できる。眼下にはケイズル沢が漏斗状にすっきり尾瀬ヶ原へ延びている。

突然轟音。ブロック雪崩だ。ケイズル沢が喉のように絞り込まれている漏斗の先あたりで、右岸から雪の塊が次から次へと雪崩落ちているのが肉眼ではっきりわかった。先ほどの2人のスキーヤーはとうに通過していて、何事もなくて良かった。私たちがこれから滑るのだが、まったく緊張する。

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ケイヅル沢は尾瀬ヶ原まで漏斗状にすっきり。

 上部は40度近い急斜面だ。幕営道具一式を背負って、さらに足首しかないクロカンブーツにヘビーツーリングの頼りない板では、とても軽やかには滑り降りることはできない。知らずに歯を食いしばって、次のターンまで持ちこたえるような滑りだ。でも、心はなんだか少しドキドキして軽やかなのだ。箱庭のような見事な尾瀬ヶ原へすっきりと気持ちよく延びているケイズル沢の魅力故なんだろうなあ。

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ケイヅル沢はブロック雪崩が恐い。

 2日目はケイズル沢の扇状地のような広大な落葉樹林帯の端っこに幕を張る。まだビールが2.7リットルも残っていたので、贅沢に飲んだ。夜中に起きたら、天幕のなかも懐中電灯がいらないくらいの月明かりで、夜明けと間違うほどだった。外に出てみると、フクロウが不気味に鳴いていて、幻想的な雰囲気だった。

3日目の朝、空荷で与作岳へ行ってみたいと急に思い立つ。適当に深い森のなかを歩いて、下ヨサク沢の左岸の尾根に取り付く。古い赤ペンキの印がその尾根の突端にあった。南面のせいか雪消えが早く、ブッシュが少し鬱陶しい。途中で、朝食のため大休止。1時間ほどで県境稜線に這い上がると、やはり結構な数の登山者のトレースがあった。ヨッピ橋付近からしっかりした積雪期ルートがあるようだ。尾根の反対側を見下ろすと、只見川と温泉小屋が見えた。原っぱを歩く登山者が豆粒のように見える。

与作岳の山頂は、ドームのような感じで展望のいい山だった。小休止をして、結局景鶴山まで足を伸ばすことにした。帰りは往路を戻るよりケイズル沢を滑り降りれば、あっという間に幕営地に帰れるのだからその方が時間的にずっと早いのだ。東の肩でこれから滑降に入ろうとしたとき、山頂から大パーティーが下山してきた。ギャラリーの視線を背中に感じて、ケイズル沢を滑降する。今日は昨日のような重荷ではないので、軽やかに滑ることができる。格好悪い滑りを見られなくて良かった。

昨日の悪戦苦闘の滑りと比べるとずっと軽やかに幕営地の舞い戻り、撤収作業。帰りは尾瀬ヶ原を横切り、竜宮から長沢新道を登ってアヤメ平を経て、鳩待峠へ下山した。ザックの中には残り0.5リットルのビールのみで、入山時に比べてだいぶん荷も軽くなった。気がつくと、太陽は西に傾いていた。アヤメ平からはるかな景鶴山を振り返って最後の0.5リットルを飲み干した時、尾瀬の春スキーの充実を実感した。

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