続・白砂山覚書

1928年(昭和3年)4月、角田吉夫と他1名が山本藤作を案内に、

白砂山と大高山をスキーで登頂している。

田部重治編「スキーの山旅」の春の野反池に、

その時の山旅が詳細に記されている。

人はなぜ山に登るの?

人はなぜ山に登るの?

 

 

 

 

 

 

 

藤島敏夫が白砂山をスキーでピークハントしたのは、

角田吉夫の前年1927年(昭和2年)4月30日。

「山に忘れたパイプ」という心温まるエッセイを結晶させた山行である。

この中に出てきた純朴で正直な若い山ガイドは小倉の山口仙治郎と記されている。

人はなぜ山に登りの?2

人はなぜ山に登りの?2

 

 

 

 

 

 

 

藤島はこのスキー旅より以前、1921年(大正10年)4月下旬にも、

ツボ足でガイドの山本昭吉とともに野反池と八間山を遊んでいる。

それにしても彼の健脚ぶりはさすがです。

朝6時45分に花敷温泉を発ち、

和光原古道をたどって午前9時には弁天山直下の野反湖が見下ろせる稜線着。

そしてそこからぴったし1時間で八間山頂!

その足で即行下山、

長平から長笹沢を渡って田代原横切って草津温泉午後4時50分着です。

もちろんガイドの昭吉も体力十分です。

猟師の沢源頭斜面

猟師の沢源頭斜面

 

 

 

 

 

 

 

大正の頃から中之条六合エリアには、

優れたローカルガイドが存在して、

当時一流の岳人を案内していたようですね。

浜土井(1743,3m)

浜土井(1743,3m)

 

 

 

 

 

 

 

来週ここでテント泊山行のガイドです。

野反湖うらやまガイドは、

先人たちの功績をリスペクトすることをいつも心がけています。

オーダーメイドな山旅のガイド大歓迎!

お問い合わせはこちらから。

詳細はこちらです。

 

カテゴリー: バックカントリースキー, 未分類, 野反湖うらやまガイド パーマリンク

コメントを残す