シーカヤックの小さな冒険(小笠原・父島1周)

相棒と二人でこの小笠原諸島父島へやってきたのは、1997年12月30日。到着した日に、観光バスで父島の海岸の様子を下見した。二人とも小笠原は初めてで、この時期に島を1周したという話もあまり聞かないので、事前の下見での観察眼しか当てになるものはないのだ。一番気になっていたのは兄島瀬戸だったが、潮があまり動いていない時間だったので穏やかだった。しかし島のほとんどの海岸線は道路から隔絶した断崖絶壁だから、下見といっても一部だけしかできないので出たとこ勝負になるだろう。これまでの私たちの経験が大いに試されるのだ。下見なんて気休めかもしれない。ただ島の大きさをなんとなく体で感じることができたので、おそらく無寄港で漕ぐことになるだろうから時間的な目安をつけることができた。一日で一周は可能だ。私たちは、反時計回りがいいということで、意見が一致した。 大晦日の日の夜、前浜では賑やかにカウントダウンパーティーが催された。土地の様子が直に感じられそうな気がしたので、相棒を誘って出かけた。盛大にコンサートが行われ、屋台ではラム酒のカクテルや年越しそばなどが振る舞われた。観光客よりも地元の人たちの方が楽しんでいるといった様子で、小笠原という本土と隔絶した独特な空気を直に触れることができて面白かった。

元旦の朝、すでに組み立て済のフェザークラフトK1で前浜を出航。二見港から外海に出るにしたがいうねりが大きくなってくる。しかし今まで体験したことがないようなうねりだ。うねりとうねりの間隔が非常に大きい。ゆっくりと波の底からカヤックは持ち上げられていく。そして波の最高点まで運ばれると、またゆっくりと波の底へ落ちていく。野羊山をかわす頃には、風も我々を脅かす。しかし父島の気象観測所の予報では、午前中に風向きが反対に変わるということなので、私たちは迷わず進むことにした。私たちを追い越していくホエールウオッチングやダイビングなんかの観光船が、盛んにエールを送ってくれる。それに応えたいのは山々なんだが、パドルの手を離すことができなかった。難関はジョンビーチと南島との瀬戸だ。岩礁帯なので、ものすごい波が立っている。ここを越えれば、おそらく静かな海が待っている。しかし越えられるかどうか。うねりの高さは3メートルはある。まさに川下りでの5級の瀬だ!どうする。風は私たちをどんどん押していく。とりあえず一番安全そうなルートにねらいは定めるが、なかなか決心できない。迷っているうちに吸い込まれるように荒れ狂う瀬へ流される。相棒はすぐ隣に漂っているが、うねりのリズムが違えばお互いが見えない。一旦つっこもうと合図を送ったのであるが、迷いをもったまま進むことほど危険なことはないと気づいた私は、「やっぱりもどろう!」と相棒の後方から声を張り上げた。向かい風に逆らって、ブタ海岸に逃げ込む。ブタ海岸には、サーフィンに良さそうな波が寄せていて、サーファーたちがボードに腹這いになって漂っている。ブタ海岸は風の陰になっていたので、奥の片隅には上陸できる所があった。とりあえず様子を見ることにしたが、今日はここまでかなとちょっと寂しい気持ちになった。しかし相棒はもう絶対つっこむ気持ちになっていたので肩すかしを食らったと言うので、朝の相棒の様子からは想像もつかない強気な言葉にびっくり。ひょっとしたらまだチャンスがあるかもという予感がわき上がってきた。島の反対側は、打って変わって穏やかだ。

浜でしばらくのんびりした後、タコの木の疎林をかき分け饅頭岬に登り上がって海の様子を見た。風の向きが変わった。相変わらず岬の北側の海岸にはものすごい波が打ち寄せてくる。しかしそのパワーは先ほどよりも弱まってきていることが感じられる。ジョンビーチの辺りの岩礁帯に砕け散る波頭も何となく先ほどよりも小さくなってきたのではないか。後からやってきた相棒に確かめてみたら、「そうだな。」というので、「じゃ、行くか。」ということになり、ひょっとしたらという予感は現実になった。ボードに腹這いに寝そべって、波に漂うサーファーの横をすり抜け、湾の中からまたうねりの大きい海に出ていく。今度はどんなことがあって通り抜けるぞという気持ちがわき上がってくる。迷いは禁物だ。岩礁帯には波が炸裂している。しかし、やはりさっきよりも状況はずっと良い。私たちが通るべきルートがはっきりわかる。うねりのために見え隠れする相棒となんとかルート確認をして、岩礁帯を突っ切った。全力で漕いだ・・・

父島の南崎をかわすと断崖絶壁が私たちを圧倒した

父島の南崎をかわすと断崖絶壁が私たちを圧倒した

南崎をかわすと途端に海の様子は一変した。あれほど荒れていた海が、打って変わって穏やかな海になった。そして南側の海岸は断崖絶壁だ。知床の断崖よりもすごいと思った。この自然のダイナミズムが、シーカヤッキングに私をますます夢中にさせるのだ。断崖は剥き出しの荒々しい地形である。亜熱帯の島だからジャングルに覆われていてもいいのかなと思うのだが、激しいスコールは根付こうとする一粒の種子も洗い流してしまうのだろうか。ここまできたらもう後には引けない。今朝出港した二見港がゴールである。太平洋のまっただ中を漕いでいく。天之浦に入り込んでみたかったが、先を急がなければならない。少し波がブレークしている巽崎をかわして、西海岸に廻ると追い風だ。調子よくパドリングして、初寝浦まで順調に進む。この辺りの海岸でキャンプを張り、釣りやシュノーケリングをしてのんびり旅をしてみたいものだ。しかし、小笠原はキャンプ禁止なので、どうしても1周して宿に帰らなければならない。これだけの大自然が守られていくのなら、仕方のないことなのだ。いよいよ兄島瀬戸に入り込む。海の様子が変わる。うねりがなくなり、海面が妙になめらかになる。流れている。どうやら私たちは潮の流れに乗っている。大河のような太く大きな流れだ。少し不気味だが、何もしなくても私たちをどんどん運んでくれる。しかし、問題は瀬戸の出口だ。一昨日のウエザーステーションからの様子だと、大きな三角波が立っているはずだ。釣浜や宮之浦を過ぎていくと、遠くに返し波が見えた。まさに川下りという感じだ。川の瀬のように漕いで突っ込めば、抜けられると確信した。相棒に行くぞという合図をかわして、激しい瀬の中へ漕ぎ進む。大きな返し波を一回頭からかぶった。東海岸に回り込むと、向かい風になった。もうその頃には疲労がたまってきたのか、進みが遅くなってしまった。これまでの行程を考えると、あとわずかなんだが、漕いでも漕いでも進まないという感じである。相棒はさらに私からどんどん遅れていく。今朝の波のうねりと比べればずっと気持ちは楽だが、波のせいで後ろを振り返っても相棒の姿がなかなか見つからない。仕方ないので、時々待ちながら進んだ。

島の反対側は、打って変わって穏やかだ

島の反対側は、打って変わって穏やかだ

二見港に入港すると、やっと一息つけた。1周することができたという感動が湧いてくる。もう夕方である。ホエールウオッチングやダイビングの船が次々と帰港してくるが、私たちも胸を張って前浜へ上陸した。すぐにビールを買ってきて、海岸に腰を下ろして乾杯した。次は母島1周かなとお互いに語り合ったのは、まだ冗談半分だったかもしれない・・・

 

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