原爆ドーム・江田島2025-12-1

鳥取砂丘の翌日、松江道と中国道、さらに山陽道で広島五日市ICから広島市街に入りました。朝の通勤ラッシュ時、初めての広島市内の運転は緊張の連続でした。平日なので駐車場はどこでも停められたのが助かりました。

いつもテレビのニュースでしか見たことがなかった原爆ドームや平和記念公園ですが、実際に現地に訪れてみると想像以上に美しく整備された公園でした。さらに、たくさんの祈りを捧げる人たちが醸し出す雰囲気というか空気感がひしひしと感じられます。慰霊碑の前にはすでにもうたくさんの人が集まってきていました。慰霊碑と原爆ドームとの間には、平和の灯りが核廃絶の日まで絶やさないという炎を燃やしていました。

これからはテレビで放映される広島の原爆に関するニュースや平和祈念式典の中継番組にも切実に向き合えることでしょう。平和記念資料館では外国人や修学旅行の中高生などたくさんの人が熱心に資料を見に来ていました。平日といえどもあまりの混雑にびっくりしました。

午後は江田島の海軍兵学校の見学ツアーに参加しました。平和記念公園から移動に2時間くらいかかって、15時15分の受付時間になんとか間に合いました。

見学ツアーではガイドの方から海軍時代の立派な建造物や海軍の貴重な資料、国のために命をなげうった特攻隊員の逸話などたくさんの説明がありました。

学生写真の名簿に母の兄の名前がありました。母の自慢の兄だったようで、私も子供時代にいとこや家族と一緒にいろいろなところへ連れて行ってもらいました。そういえば最初の車は叔父からもらった日産サニーでした。76期は卒業前で特攻隊として戦争には行く寸前だったようです。そのかわりに原爆が投下された直後の広島に行ったという話は聞いていました。偶然にも妻の義理の叔父も76期に名前がありました。ファミリーヒストリーな知らないところでの不思議なつながりに驚きます。

現在は自衛隊の幹部候補生学校と第1術科学校が併設されていて、将来の自衛隊員育成の学校でもあります。見学ツアーの最中に突然けたたましく放送が入り、建物から学生たちが一斉に海に向かって走り始めました。

抜き打ちの総短艇という訓練でした。各班ごとに順位を競うものですから、学生たちは何をしてても、まずはすぐに自分の班のカッターに向かって走らないといけないという過酷な訓練です。幸運にも自衛隊ならではの訓練に立ち会えるというハプニングでした。


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