草津白根山・振り子沢

2018年1月23日の本白根噴火で、草津国際スキー場は翌年から草津温泉スキー場と名前を変えて、殺生から上部のロープーウエイとゲレンデは廃止としました。日本のスキー場で初めてリフトを架けた歴史あるスキー場としても、上部エリアが滑降できなくなるというのは苦渋の決断だったことでしょう、それにともない、草津国際スキー場の高速ロングコースとして知られていた振り子沢コースも無くなってしまったことは残念です。今となっては懐かしい思い出のコースとなってしまいました。ところで、戦前のまだ草津スキー場にリフトがなかった時代の振り子沢の記録と、自分自身が2003年3月に振り子沢をシール登行した記録が興味深いのでアーカイブとして取り上げてみました。

 2003年3月初旬

 風に強い振子沢のはずだが、ロープーウエイは運休だそうだ。今回は宿泊の予約をしていたということで、芳ヶ平ヒュッテとパトロールから特別の許可をもらい、振子沢をシール登行する。一時間ほどでロープーウエイ山頂駅に着く。整備されたゲレンデだからラッセルもなく、きっと昔の山スキーヤーよりもずっと楽な登行にちがいない。戦前の振り子沢をスキーで歩いて登った記録を引用してみる。

 「之は新コースである。 白根山は小白根と本白根の二峰に分かれ、フリコ澤を登ると、その鞍部に出るのである。(中略)アオバ山を右に見て、フリコ澤に這入る。フリコ澤は大きな崩壊記録のある殺生入道澤の一つ南に当たる澤で、殺生中ノ澤と云うのが本来の名称である。入り口は廣く平坦だが、這入って行くに従って、両側が高く盛り上がってくる。フリコ澤の名の出た振子式滑降のできる場所である。
 やがてコースは、黒々とした針葉樹の密林に呑まれる。足下の雪は素晴らしく軽く、登るには惜しいくらいだ。一月下旬の所為もあるが、森林帯で風が当たらないからだ。一九〇〇米付近まで登ると、谷は左方に急角度で屈折し、その奥に目的の本白根が顔を見せている。山腹は黒木に被われているが、頂稜は真っ白だ。そして其処は風が猛烈らしく、盛んに雪煙を立てている。それに引きかえ谷の方は依然として静かで、枝一つ揺れていない。 (1943年発行 中村謙著 『上信境の山々』より)」

 後から知ったことだが、昨日山頂では、最大瞬間風速が50mを越えたらしい。50mの風だと、人間も宙に浮くかもしれない。大風がスキー場の施設にちょっとした被害を残したようで、山頂付近のゲレンデやリフト付近で大勢の職員が作業していた。山頂のパトロール室でツアー届けを出して、リフトの止まっている逢ノ峰ゲレンデをシール登行する。

 

 風が強い。風に煽られながらシールを剥がす。いよいよ逢ノ峰から滑降。雪は堅く締まっていて、あまり楽しいコンディションではない。大回りターンであっという間にお終いになってしまった。しかし、平坦な小白根の裾野を巻くときになって、大風が味方になる。強い追い風が身体を押してくれるのだ。

 砂礫混じりのシュカブラが、昨日の暴風雪を物語っていた。途中右に滑り込んだり、左に滑り込んだりしながら、一時間ほどで芳ヶ平ヒュッテに着く。今日は、誰も来ない静かな芳ヶ平だ。
 ヒュッテで昼食をいただいている間に、風雪が強くなっていた。気温はプラス1度で、湿っぽい雪だ。ヒュッテの主人が、今冬は二月に入ってから寒い日が少なくて、このまま春になってしまっては遅くまでスキーができなくなると心配する。

 ヒュッテの主人と、ちょっと滑りに行こうということになり、二時過ぎに出発する・・・


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