三内丸山遺跡と浅虫水族館観光

八甲田BC旅の初日は霙交じりの雨で、山はあきらめて三内丸山遺跡を見学することにしました。北海道・北東北の縄文遺跡群として世界文化遺産に登録されたのは2021年7月でしたが、それ以前から訪れてみたいとずっと思っていたので、今回は良いタイミングの雨でした。

オープン前のゴルフ場コースのような景色ですが、北の谷と呼ばれているここは、縄文遺跡の発掘現場として重要な場所だとガイドの方に教えてもらいました。ゴミ捨て場として利用されていたところで、水分が多く空気からもさえぎられていたので、当時の生活が伺える様々なものが発見されたようです

三内丸山遺跡でもっとも注目すべきものは、この6つの穴でしょう。穴の直径と深さは2m、穴同士の間隔は4.2mだそうです。この穴には直径1mの栗の柱跡が残っていましたが、いったいどんな建造物があったのでしょう。

この穴の遺跡から学者さんたちが考えて復元したのが大型掘立柱建造物です。当時使われた柱の材は栗の木だったそうで、そんな栗の木の巨木は今の日本では見つからずロシア産だそうです。他にも穴の数から3タイプの竪穴住居も復元されていました。5千年前の縄文人の暮らしが想像できて歴史ロマンが掻き立てられました。でも、、ガイドさんが強調していたのはあくまでも5千年も前のことなので本当はどんなものだったのかはわかりませんよという言葉でした。確かにそうで、ますますロマンを掻き立ててくれました。

北八甲田を滑った翌日の滞在3日目も朝から雨でした。山は雪になりそうでしたが、この日も青森観光です。浅虫温泉の浅虫水族館へ。春休みだったのでイルカショーは子供たちに大人気でしたが、私たちも楽しくて2回観ました。

でも最も興味を引いたのが、下北半島の宇曽利山湖に生息するウグイです。世界一酸に強い魚として展示されていましたが、チャツボミゴケみたいな魚がいるんだと大発見でした。宇曽利山湖はPH3とは驚きです。お散歩ツアーのガイドでも紹介できるネタになりそうです。

午後は八甲田雪中行軍遭難資料館へ。新田次郎の小説八甲田山は若い頃読んだし、映画も何度も見て感動した思い出があるので、改めてその史実について正確に知ることが出来ました。

雪中で仮死状態のまま佇立していた後藤房之介伍長像のレプリカです。当時の軍隊の気迫が迫ってくるようですが、気迫だけでは生き延びることができないのが冬山の恐ろしさです。

明治時代の登山装備は現在の最先端のものと比べれば天と地の差ほどもありましたが、冬山に入るものが絶対に忘れてはならない教訓を残してくれたように思います。


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