徳本峠越え1997

 釜トンネルを抜けて、やっと一息つけた。大正池の周りの様子は、もう秋よりも冬の気配のほうが色濃く感じられる。朝なのに、どんよりとした空が夕暮れのような寂寥感を漂わせる。観光客はまばらで、大きな三脚を持ったアマチュアカメラマンの姿が目立つ。この夏、定年退職を目の前にした両親に付き添って、上高地から槍ヶ岳に登ったが、あまりの賑わいように驚いたものだ。上高地のターミナル付近まで来ると、さすがに観光客も多くなってきた。歩いている人に気をつかって、もっぱら自転車を押して歩く。中高年のハイカーも多い。ほとんどが明神池から梓川の反対側を回って戻ってくるのだろう。明神から徳本峠への道に入った途端、ひっそりとした雰囲気に包まれた。平坦な黒沢沿いの道を、自転車にまたがって快適に進む。やがて傾斜もきつくなり、自転車に乗って進むことができなくなると、自転車をかついで歩くことになる。途中で背負子姿のおじさんと擦れ違った。「どこまで行くの?」と聞かれたので、「島々です。」と答えると、峠から先の道の様子を親切に教えてくれた。どうやら峠の山小屋の主なのかもしれない。

小屋の主の人柄が滲み出ているような味のある山小屋。

 明神を9時ころ通過したので、峠まで一時間半かかった。峠の小屋は、冬の厳しさに耐えられるかどうか心配になってしまうようなつくりである。でもこれぞ山小屋という感じの味のある建物である。次回は是非泊まってみたい。さっき擦れ違った小屋の主の人柄が滲み出ているような気がした。峠の小屋の前の広場には、何組もの中高年の登山者がくつろいでいた。やはり自転車は珍しいのか、どうしてもみんなの好奇心を刺激してしまう。記念写真を撮るのにちょっと自転車を貸してくれとか、頼みもしないのにこの先の道の様子を心配してくれたりとか、全然のんびりできない。しかし、小屋の前の広場は、陽射しが暖かくのどかだ。いつもまにか空は青く、時々速いスピードで雲が流れていく。11時を少し過ぎたころ下り始める。初めはジグザグの急な下りで自転車はとても無理だよといわれたが、全然乗れないほどの道でもなさそうだ。自転車にまたがりリヤブレーキを思いきりロックさせながら、ダウンヒルスタート!と思うまもなく、バシッという音とともにリヤブレーキのワイヤーが切れてしまった。危うく急斜面を転げ落ちてしまうところだった。リヤブレーキが利かなければダウンヒルなんて不可能だ。替えのワイヤーを用意していないので困ってしまった。冷静に応急処置を考えた。結局ストラップベルトをつかってリヤブレーキをロック状態にしてみた。案外うまく自転車にまたがって下ることができた。急なところでは、後輪を硬くロックするようストラップベルトをきつく締め、なだらかになるに従いストラップベルトを緩めた。下るほどに紅葉が鮮やかになっていく。たまに上高地へ向かう登山者と擦れ違うくらいで、登山道は陽射しが暖かく静かだ。

リヤブレーキをロックさせるためのストラップベルトがフレームに巻いてあるのがわかりますか。

 岩魚止めの小屋も峠の小屋に負けないくらい味があった。しかしもう小屋閉めした後で、さびしい。渓谷をどんどん下り、峠を先に発った登山者を二人追い越し、島々に3時間ほどで辿りついた。 島々に自転車を置いて、バスで車を回収するべく沢渡へ戻った。

1997年10月25日


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