クワウンナイ川の想い出1999夏

九月のクワウンナイ川は、それは素晴らしいという。「紅葉に初雪のデコレーションを纏った景色に出会える沢登りができるのは他にないでしょう。」と、積丹の海でキャンプした夜、偶然出逢った札幌のシーカヤッカーが薦めてくれた。 1999年の夏の北海道は、記録的な猛暑だった。私は積丹半島をシーカヤックで旅していた。美国からスタートし、旅の初日は積丹岬の手前の無人の番屋がある玉石の海岸でキャンプを張っていた。夕暮れ間近、一人涼しくなった浜辺でのんびり読書してると、そこへ若いカップルがいつの間にかやってきて、私の隣にキャンプを張った。その日新しく進水式をしたばかりのダブルの新艇を試すために、札幌から手近な積丹へツーリングにやってきたそうである。お盆休みに知床へ出かけるのだそうだ。正直一人静かなキャンプの心地よさを奪われたようで興ざめたが、翌朝は打ち解けていろいろ話も弾んだ。もちろん、こちらからも知床の素晴らしさもいろいろ話してあげた。 さて、たまたま気になっていたクワウンナイ川はどうかとカップルに聞いてみた。なんとも奇遇な話だが、意気揚々とクワウンナイ川が知床と並んで大好きだという。私は大島亮吉を読んで、まだまだ原始の香りがプンプン残っているに違いないクワウンナイ川へぜひ行ってみたい思っていた。カップルの楽しい話を聞いて、これはもう絶対行かなければと思った。ガイドブックにはない面白い旅の情報を、なんと積丹の無人の海岸で得るということが、これまた旅の面白さか・・・ 積丹半島をカヤックでまわった後、旭川空港で家内と合流し、大雪山の麓にある天人峡温泉からクワウンナイ川に入渓した。わずか3日間だったが、大雪の自然の懐の深さを堪能できた。1日目に選んだキャンプ地は、札幌のカップルから教えてもらっていたとっておきの場所だ。原始のままの河畔林を背にして、まだまだ広々とした川を眺められる素敵なところだ。夏の日は長いので、のんびり今夜の夕食にするオショロコマの釣りと食事を楽しんだ。ヒグマの出没が多少不安ながらも、日が暮れたら疲れがどっと出て、ぐっすり眠り込んでしまった。 2日目の朝食にもオショロコマを食べた。そして、途中で何回か竿を出しながら夕食のオショロコマを確保した。2日目のキャンプ地は、源頭付近の予定だ。魚止めの滝を越えればもう魚はいなくなる。北海道の沢ならではのオショロコマの味を、できる限り楽しみたいではないか。 美しいナメが十三町も延々と続くという滝の瀬十三丁は、大自然の驚異である。しかし、途中で家内が小さな滑落事故を起こす。たまたま下流にいた私が止めることができて、大事にいたらなくて幸運だった。平水だったが、ナメは滑りやすいので、油断は禁物である。雨が降って増水したときは、流されたら止められないので結構シビアかもしれない。しかし、紅葉の頃の滝の瀬十三丁は、ほんとうに美しいだろうなと思う。いつかまたその頃をねらって訪れてみたいものだ。2日目の夜は、盛夏だというのにまだ雪渓が残っている源頭付近にキャンプを張る。ナキウサギの鳴き声が静寂に響き渡る。ここはほんとうに別天地だ。 積丹の海を漕いで渓を遡った大雪の山々を眺めながら格別な思いが湧き上がった。なんとなく後ろ髪を引かれながら、夏道を辿って出発地の天人峡温泉に下山した。

山の雨と海の風

 本棚に浦松佐美太郎の「たった一人の山」という文庫の本があった。自分でもいつ買ったのか忘れてしまっていた。わずか200円の定価がつけられていて、カバーに鉛筆で130と書いてあるところから、私はそれを130円で手に入れたようだ。1975年の版なのでかなり日に焼けていて、安っぽく感じられる。しかし開いてみると、題名から想像する期待に背かなかった。1901年生まれの浦松氏は、1929年前人未踏のアルプスのルートを攀じ、自らアルピニズムを実践して日本にアルピニズムを紹介した偉大な登山家である。本の題名にもなっている「たった一人の山」や「頂上へ」などアルプスの山々の文章が読み応えがあるという人が多いかもしれないが、私はそれよりも「冬の山々」や「銀線を描く」、「雪」などの随想に惹かれた。特に「山の雨」には私の心にしみた文章があった。 「雨は山へ登るものにとっては、嫌なものに違いない。幾日も、雨に降り込められているときなぞ、また今日も雨かと、うんざりしてしまうものだが、思い切っていらだたしい気持ちを抑えてしまえば、全く違った境地に立って、山を静かに眺めることができる。 雨の音しか聞こえない。そんな静かな日に、滴する谷の緑を眺めていると、旅のあわれとでもいうような、かすかなさびしささえ心に感じる。山水という、言葉のニュアンスが、心に近近と味わわれる。 山水という、いかにも、床の間の中にでも納まってしまいそうな、この優しい言葉から受ける感じは、燃えるような、日の光の中に立つ山の姿ではない、霧に霞み雨に煙る山の姿である。 こんな風に考えてくると、登るときにはやっかいなこの雨も、山にとってはふさわしいもののようにさえ思われる。山と雨と、山へ行く誰しもが、この二つに結んで、いろいろの思い出をもっていることと思う。まして自分でも、雨男と思うくらい、雨に出会っている私には、山の思い出をたどっていくということは、今一度、雨の中をくぐってゆく心地がする。」以上抜粋 小屋の軒下で、冷たい雨の滴をよけながら、これからまた帰り道をびしょ濡れになって進まねばならないあのやるせない気持ちも、今となっては懐かしい心地よさとして突然よみがえってきたりする・・・  海だったら何だろう・・・ シーカヤッキングで一番厄介なのは風だろう。雨が降っていたって風がなければ楽なもんだ。晴れていたって風が強ければ海には出られない。知床で体験した気まぐれな風には、心身ともに痛めつけられたもんだ。しかし私たち旅人は悠長なもんだ。漁師は命を張って大自然の猛威に向き合い、仕事をしなければならない。 有島武郎の「生まれいずる悩み」の中に出てくる、冬の海の岩内の漁師たちの姿は凄いの一語につきる。生きるためといっても、今の世の中だったら考えられない地獄だと思った。 「雪のために薄くぼかされた真っ黒な大きな山、その頂からは、火が燃え立つようにちらりちらり白い波頭が立っては消え、消えては立ちして、瞬間ごとに高さを増していった。吹き荒れる風すらがそのためにさえぎりとめられて、船の周囲には気味の悪い静かさが満ち広がった。それを見るにつけても波の反対の側をひた押しに押す風の激しさ強さが思いやられた。艫を波の方へ向けることもしないで、力無く漂う船の前まで来ると、波の山は、いきなり、獲物に襲いかかる猛獣のように思い切り背伸びした。と思うと、波頭は吹きつける風にそりをうってどうとくずれこんだ。 はっと思ったその時遅く、君らはもう真っ白な泡に五体を引きちぎられるほどもまれながら、船底を上にして転覆した船体にしがみつこうともがいていた。」       シーカヤッキングでこんな風に出遭ったらひとたまりもない。風が強く吹く日は、陸でひたすら風が止むまで待つのだ!