北海道

オプタテシケ山BC2012-4-20

ガスガスのホワイトアウトの中、GPS頼りに手軽そうな美瑛岳を登ってみた。標高1235m地点で突然私達の進行方向を横切っている山親爺の足跡。しかもホヤホヤのが右の沢から左の尾根上のハイマツへ。もちろん速攻下山したのはいうまでもない。下山の途中で、あとから登ってこられた地元のテレマークガイドさんとすれ違う。「山親爺を怖がっていたら、北海道の山は滑れないよ・・・」と、ご教示されて、確かにごもっとも。でも今日のところは撤退なのだ。そしたら秋田の方でクマ牧場から脱走した羆のニュースが流れていて、びっくりである。 下山後、翌日はトムラウシを滑りたくて登山口のトムラウシ温泉へ道路のアクセスを問い合わせてみる。現在登山口までの道路が工事中で通行できるのかわからないというようなことで、急遽オプタテシヶ山に変更する。 翌朝、山親爺対策を万全にして、新得側のトノカリ林道からオプタテシケ山へ。奥深い森の中を歩いていると、スケールの大きな十勝大雪山系の山に呑まれてしまうような感覚になる。北海道の風景は群馬の山の雰囲気とだいぶん違っていて、まるでアラスカとかカナダの大陸的な風景に似ていると思う。昔何かの本で誰かが書いてたことだけど、北海道の山は山親爺がいるから内地の山と違って素晴らしいなんてこと想い出す。確かに今感じるこの緊張感は、いつもどこかで山親爺に見張られているからかもしれない。なかなかオプタテシケ山が現れないので、時間を気にしてちょっと焦り気味でしたが、やっと現れた! 立ちはだかる真っ白いほぼ無木立の大斜面を前に、登行ルートは単純に登るだけだ。登るに従い斜度もきつくなってきて、ザラメ雪がかなり緩んでいるコンデョションなので雪崩が少し心配。 山頂は細い稜線で、反対側からガスが湧いてきていて昨日登った美瑛岳側の山はまったく分からない。ただそちら方面から登山者一名のツボ足の痕が残っていた。 ガスがこちら側へ立ち込めてくる勢いを感じたので、遅れてきた家内は途中までであきらめてもらい、速攻下山。 おまじないにクマ撃退スプレーと空のペットボトルを鳴らしながら歩いたからかな、昨日と違い今日は足跡にも遭わずほんとうに良かった。

利尻山をスキーでぐるっと一周chapter4

沓形稜(標高520m)PM3:27~鴛泊登山口PM5:00距離約7.6km 沓形稜下部もデルタ状の広大で緩やかな尾根で、古いモービルとスキーの跡も残っていた。もちろんウロコテレマークスキーにとっても面白そうな大斜面だ。目を凝らすと、右上に避難小屋が雪にほとんど埋もれながらも、そこにあるのがわかった。左下には展望台といわれる施設もわかる。見覚えのある景色や地形なのは、昨年は1日で1周出来ず、この沓形稜から2日目をスタートしたから。その時は天気があまり良くなかったので、今日の晴天は前回の屈辱を晴らすこともできた。 ポン山さんはもうすっかり元気そうで、いよいよ後半最後のこの景色とスキーの楽しさを堪能しているようだ。家内は相変わらず朝一から変わらないマイペースで、しんがり役をきちんと守っている。眼下の海はますます黄金色に輝いて、息を飲む美しさである。 利尻の地形の特徴は、深く刻まれた谷や沢のほとんどが、広くなだらかな裾野へと下るにしたがい河川の地形が無くなってしまうこと。そんなことから、涸れ川のトビウシナイ川が利尻町と利尻富士町の町界に流れているが、上流部がどこなのか、たぶんこの辺なんだろうけど、はっきり特定できない。同じことがオビヤタンナイ沢川にも言える。だから沓形稜と北稜の間の沢が、トビウシナイ川なのかオビヤタンナイ沢川なのか。2万5千図とにらめっこしていると訳がわからなくなってくる。 利尻町と利尻富士町との町界を流れている川をトビウシナイ川と認めると、利尻山頂からダイレクトに落ちる谷は町界なので、トビウシナイ川ということになる。しかし、昨年滑った長官ピークからの谷、利尻避難小屋直下の谷であるが、これは利尻ローカルのポン山さんによればオビヤタンナイ沢川と話していた。これをオビヤタンナイ沢川だと確定すれば、困ったことになる。標高600m付近でこの谷は合流してしまう。二つの川が途中で合流して下流でまた分かれてそれぞれ名前を変えるというのは常識的ではない。沓形稜と北稜の間の川の名前を1つに決められれば、わかりやすいと思うのだが・・・・ ポン山さんの言うとおり、沓形稜と北稜との間の川をオビヤタンナイ沢川と決めるとすると、いよいよ沓形稜からそのオビヤタンナイ沢川を横断である。利尻山頂からダイレクトに落ちる谷が本谷とすれば、昨年ポン山さんと家内と3人で長官ピークから滑った沢は、さしずめオビヤタンナイ沢川左俣と名付けられるだろうか。迫力の本谷を越えるときも、背中を強力に押してくるこの風はまさに神風で、何もしなくてもなかなかのスピードが出るのに驚く。雨傘など開けば斜面も駆け上がっていくほど。 そして小尾根を越えると見覚えのある景色が待っていた。オビヤタンナイ沢川左俣。避難小屋の沢と呼んでもいいかも。古いスキーのあとが残っていた。ここまでくればあとはもうほとんど下りだけなので、かなり余裕で休憩。ポン山さんは持ってきた水の量が足らなくて節約しながら水分補給していたが、なんとか持ちこたえたよう。こちらはちょうど良い量だった。 1つ大きな尾根を越えると、長官ピークからの尾根の途中1100m付近から落ちている沢を横断。この沢がまたスキー向きの良い斜面。また、名前をなんて付けたら良いんだろう?困ってしまう。 ポン山が大きく見えてくる。今朝見たばかりなのに、懐かしい気持ちが湧き起こってくるのは何故だろう。通称ベースと呼ばれている雪原の下で、たくさんのトレースに出会う。もう時間的には、ほとんどの入山者が下山してしまった頃。しかし、これから山に入るテント装備のスノーボーダーの方が上がってくる。仲間3人とこれから4日間の日程だそう。明日からも利尻はまだまだ好天が続きそうで、彼らもまた懐かしい思いでポン山を見ながら山を下りてくることだろう。 湧水を汲みに来たポン山さんの知り合いの方を、ゴール間近のところで追い抜く。どこへ行ってきた?1周した!なんて会話になり、いきなり利尻を1周してきたと答えても、普通の人はあまりピンと来ないだろうなと思った。午後5時ジャスト、今朝スタートした鴛泊登山口にゴール。 ゴールしてもすぐには1周達成の実感がなく、じわじわと込み上げてくるに違いない。大げさな言い方だけど、1年間あたためてきた計画が達成できた。この後ポン山さんと夜は魚勝で盛大に祝杯をあげるのだ。

利尻山をスキーでぐるっと一周chapter3

マヤオニ沢(標高520m)PM0:27~沓形稜(標高520m)PM3:27距離約6.9km マヤオニ沢の対岸の尾根に上がるルートは、見た目通り急斜面だったけど、何度か斜登行を繰り返してウロコだけで登り切った。ポン山さんが心配だったけど、後ろからしっかりついてきてくれたので大丈夫そう。でも、これからもまだまだ深そうな沢をいくつも越えていかなければならないので、安心は出来ない。 ここでちょっと趣向を変えて斜滑降を長めにとって気分転換。下りが続くと気分的にも楽になる。結局はその分登り返しが待っているのだけれど・・・ 谷を横断して尾根に上がるとそこには、新しい景色が必ず広がっている。ずっと平原を進むだけだったら楽ちんだけど、きっと景色の単調さにうんざりするかも。だから尾根の向こうに待っている景色に胸をときめかせて、一歩一歩前へ進むことが利尻スキー1周旅の醍醐味だ。苦あれば楽あり楽あれば苦あり、ではないが、1周スキー旅は人生そのものなのだ。 振り返ると、少しずつ越えてきた景色が遠のいていく。今までずっと目印にしていた仙法志の街並みや仙法志ポン山も、さよならである。ちょっと名残惜しかったりもするけど、確実に前へ進んでいるという充実感が気持ち良くもある。気がつくと、いつの間にか今までの強い向かい風がなくなっていた。 何度目か谷を越えて尾根に上がると、面白いものが待っていた。なんだあれ?て、つぶやいてみたら、ポン山さんが、アワビ岩だと教えてくれた。まさに岩にへばりついたアワビである。海岸沿いの道路からは見えないので、利尻に住んでいる人にもあまり知られていないかもしれない。この辺りもまさにスキー向きの斜面なので、ポン山さんにはアワビ尾根とかアワビ谷とか、わかりやすい名前を付けて欲しいところだ。 雪がない時期もアワビに見える岩なのかポン山さんに尋ねると、ポン山さんが前に一度だけ見たときは雪のない時期だったそうで、雪があろうとなかろうとアワビに見える文句なしアワビ岩だそうである。アワビ谷で少し癒されてみんな元気が出てきて、ポン山さんにも笑顔の余裕が見られるようになってきた。 大空沢は広くて明るい谷で、たくさんのモービルの跡が残っていた。この谷も標高1000m以上までスキーで登って行けそうなので、いつかどこまで行けるか詰めてみたいところ。地図を見ると、この大空沢の湧水が海岸沿いの道道脇にある麗峰湧水という名所。いつも通り過ぎるだけで、まだ口にしてみたことがない。 大空沢から見える山頂への険しい稜線は、沓形稜に違いない。そう思うとはやく沓形の町並みが見えてこないかなと、心がはやる。時刻は午後2時過ぎなので、ペース的には遅くもなく速くもなくだ。 大空沢の急な斜面を登る。登り上がると、またそこには新しい景色が広がる・・・ シサントマリ字界沢付近は、標高500mくらいを進む。マヤオニ沢と大空沢の区間は複雑な地形だったが、この辺りは快適な斜滑降と斜登行の連続で、効率的に前進している感じ。 そしてついに、彼方に礼文島が突然見えたときは、みんなうれしそうだった。また海岸線には、利尻高校の建物らしきものも見えて、いよいよ沓形の町並みも見えてくるはず。ポン山さんがあれは神居ポン山と教えてくれる。 いつしかお日様も西に傾きはじめ、海が黄金色に輝いていた。そして私達にとっては、神風が吹く。この頃風向きは追い風となり、ザラメが少し凍り始めてスキーが滑るようになって、何もしないでも疲れた体をどんどん前へ進んでくれるようになる。 深い沢を横断するも、この神風のような追い風のおかげで苦にならないくらいだ。

利尻山をスキーでぐるっと一周chapter2

アフトマナイ川(標高322m)AM9:45~マヤオニ沢(標高520m)PM0:45距離約7.1km アフトロマナイ川もまた山頂からのエクストリームスキーヤーの滑降記録があるらしい。私達が休んでいる場所はとてものどかな雰囲気が漂っていて、山頂直下の荒々しさとは別世界である。さてゆっくり休憩もしていられず、次の目標地点である南稜を目指して歩き出す。まだ3人とも調子が良い。 しばらくは森林限界下部の森の中を、谷を跨ぎ尾根を越えるようにして斜面をトラバースするように進む。日が当たるところはザラメが緩みだす。まだ凍っているところで斜滑降し、融けているところで斜め登りをすると効率的なので、なるべくそのようなルート取りを心がける。これからの長い行程を考えると、ついつい心がはやり気味になってしまうが、やはり冷静にマイペースでコツコツ進まなければと思う。時々樹林越しに垣間見える東稜下部のスキー向きの美味しそうな二つの大斜面が、滑ったら気持ちよさそうだなと、 心を和ませる。 昨年の記録ではヤムナイ沢を標高330mで横断していて、今回はもう少し上流で横断するよう意識的に高度を上げるようにトラバースしていく。なぜなら少しでも1周の距離を短くして時間短縮できるからと考えるのだが、この辺が匙加減の難しさでもある。高度を上げるには登りで体力を消耗したり、沢が深くなったりするリスクもある。やがて眼下の海岸に灯台が現れた。利尻ローカルのポン山さんがすぐに石崎の灯台だと教えてくれる。鬼脇はそのすぐ先である。ポン山さんによると、石崎の灯台が見えた時、自分たちが確実に進んでいることをようやく実感できて、1周は出来きそうだなと初めて自信が持てたそうだ。しかしまだまだ、1周の3分の1といったところである。家内が1周のどれくらい来たのか何度も尋ねてきたが、「どれくらいかなぁ。」と濁す。こういう質問に答えるのも、質問者の心理の影響を考えると回答の匙加減が難しい。 だだっ広い東稜下部をトラバースしていくと、今まであまり風を感じなかったのに、急に正面からの風が強くなってきた。こんなこともまた、自分たちが時計回りに円を描きながら確実に進んでいることを実感させてくれる。 やがて大きな沢床でそれとすぐわかるヤムナイ沢が現れた。沢床まで気持ちよくテレマークターンで滑り降りる。いくつもの新しいモービルの跡が残っていて、上の方でエンジン音が聞こえてくる。急な対岸の良いところを狙って斜めにウロコを利かせて登る。 いよいよ南稜下部の一端に立つ。南稜と仙法志稜とを隔てるマヤオニ沢まで、南稜下部はデルタ状に裾野を広げているが、もちろん平原になっているのではなく、複雑に支沢が入り込んでいてルートは単調ではない。昨年もこの南稜下部では強烈な向かい風に悩まされ、地図を広げることができなくて困った。今年はこの辺りの地形がだいたい頭に入っているので、地図を見ないでなるべく高度を上げるように進路をとった。そして、風の弱いところでお昼休憩にした。 尖った塔のような岩峰が、日本離れした特異な景観で迫ってくる仙法志稜を眺めながら、おにぎりの美味いこと。三つ目は何とか思いとどまり、3時のおやつにとっとく。今のところなかなか快調に進んできているので、気分的には余裕である。しかし何があるかわからないので、今日はヘッドランプも覚悟で行きましょうとお互いに意思確認。 正面にヤムナイ沢の夏でも万年雪が残るという源流部が見える。スキーでどの辺りまで詰めていくことが出来るか、いつか自分の足で確かめに行ってみたい沢が、利尻山の周りにいくつもあるが、このヤムナイ沢もそのうちの1つである。 まだ半分も来ていないので、お昼休憩をあまりゆっくりもできず先を急ぐことにする。昨日はガスでホワイトアウトのこの南稜下部を、一人で標高700mまで往復したので、そのトレースと交差する地点を楽しみにしていると、あったあった、そこにあった。晴れていればこんな雄大な景色の中を歩いていたのかと思うと、ホワイトアウトの中を歩くことがなんと空しいことか。昨日はカラスが近くまでよく寄ってきたけど、何故だったんだろう・・・・ 私達より上部の南稜下部の大斜面に、たくさんの人影が豆粒のように見えた。どうやらこちらの方に滑り降りてくる様子。彼らの登りのトレースをどこにも見た覚えが無くて、疑問が一瞬浮かんだけど、すぐに納得。近付いてくると、アルペンスキーヤーとボーダーの混成で、みんな楽しそうに滑っている雰囲気が漂っていた。テレマークターンをしているテレマーカーを探したけど、見つからない。 鬼脇ポン山方向へと滑り降りていった彼らとすれ違い、私達はひたすらトラバースを続ける。突然後ろのポン山さんから、足が痙りそうだと声がかかる。緊急事態である。立ち止まって、足の様子を見る。以前山岳マラソンに初めてエントリーして、自分も足を痙った経験があるので心配する。しばらく休憩すると、足をかばいながら無理せず行けば大丈夫そうだというので、ちょっとスピードをゆっくり目にして前進することにする。ヘリかモービルで救助してもらうなら別だけど、この場所から自力で道路まで下るとすれば、下山も前進も気分的には変わらないかも。 マヤオニ沢まで、眼下にオタドマリポン山、メヌウショロポン山、仙法志ポン山などが眺められる。今年の豊富な残雪量ならまだ楽にアプローチできそうである。今回のルートは昨年より標高100mほど高いところを進んでいて、昨年よりずっと効率的なルートである。ただ残雪状況で尾根上のハイマツなどが出てくると、進路が妨げられたりもするので、やはりその時その時の状況判断になるだろう。 その後もポン山さんは何度か足が痙りそうになって、その度に少し立ち止まったりしたけれど、なぜだか足の調子が少しずつ回復してきたようだった。時計回り1周というのは、つねに同じ方向で登りが続いたりするので、きっとふだんあまり使わない筋肉を酷使して痙攣するのかも知れない。時々快適な斜面のダウンヒルなどがあったりして、こわばった筋肉がほぐれたりするのが良かったのかも。なんにしろポン山さんの、今回のスキー1周にかける強い思いがあってのことではあるが。 そろそろマヤオニ沢だろうと思ってもなかなか辿り着かなくてちょっと精神的に疲れた頃、今度こそマヤオニ沢だと間違いなく確信できる地点に出た。標高600m付近から見下ろすマヤオニ沢は広々としてなだらかな雰囲気が漂っているが、対岸の尾根に雪庇が出ていて一瞬どうしようかと迷う。雪庇がなくなる下流方向に高度を下げるルートをとれば、問題は簡単に解決できるがそれはもったいない。よく見ると一部雪庇の切れている箇所を見つけ、急斜面そうだけどそこを突破口に狙うしかないと判断した。 まずはマヤオニ沢の沢底へ、優雅なテレマークターンで気持ちよくダウンヒル。斜登行と斜滑降の繰り返しの利尻山スキー1周では、ウロコテレマークスキーの楽しさを最高に感じるひとときである。 仙法志稜と南稜の絶壁に挟まれたこのマヤオニ沢は、私達の出発地点である鴛泊登山口のちょうど反対側。つまり1周の半分進んだということ。ポン山さんが、ここから先はほとんど行ったことがないので、どんな景色が見られるかを一番楽しみにしていたところだそうである。確かに仙法志と沓形の道道の区間は、車からは高い崖で利尻山がまったく見えないので、斜面の様子がよくわからずローカルスキーヤーでも入る人が少ない。私達にとってもこの先は、時間切れで仕方なく沓形への下降ルートを余儀なくされた昨年の経験があるので、この先にどんな景色が飛び出してくるか、とても楽しみなのである。

利尻山をスキーでぐるっと一周chapter1

2012年4月14日 Chapter 1 距離約10.2km鴛泊登山口(標高200m)AM6:00~アフトマナイ川(標高322m)AM9:45 前夜ポン山さんからメールがあり、「登山口までの道路が除雪されたそうでどうしますか?」ということで、海抜30mの私達が泊まっている宿からスキーを履いてスタートではなく、海抜200mの登山口に午前6時集合ということに急遽予定変更した。装備はなるべく軽量化を心がけて、雪山三種の神器は持たない。昨年の反省で必要なし。今日は天気も安定していそうなので、目出帽とか替えの手袋とかも、置いていく。水分補給は、2人で2.5Lの水筒は重いので半分くらい入れたのと、500mlのオレンジジュース1本ずつ。食料は、自分たちで用意したハム入りサンドイッチと差し入れのおにぎり3個、バナナ2本、行動食のチョコなど。装備はデジタル一眼レフカメラに、GPSと予備の電池、ツェルト、ヘッドランプ、緊急修理キット。特にヘッドランプは必携である。そしてスキーシール。いつもより背中が軽く、楽ちんそうである。 前夜の雪解け水がそのまま凍ったツルツルの道を冷や冷やしながら登山口へ向かう。午前6時に着くと、ポン山さんがすでにいつでも出発できる準備で私達を待っていた。ザラメの雪がまだしっかり凍っているので、シールを貼ってポン山の裏側の標高350m付近まで歩くことにする。 午前6時5分登山口をスタート。風もなく静寂の森の中を、スキーやスノーシューやモービルだらけのトレースに沿ってしばらく歩く。途中で朝日が黒木の森に眩しく差し込んできて、朝宿でも日の出を見たので、今日は2回清々しさが味わえて得た気分。甘露泉水付近からトレースを左に外れて、ポン山の裏側の標高350m前後の雪原を目指していく。 ポン山裏側の標高350m付近の雪原に出ると、視界が開けて朝日に輝く秀麗な利尻山が目に飛び込んできて、気持ちよい冷気の中で身体も少し汗ばんで温かくなってきたのもあって、とっても気持ちいい。しかし、いよいよこれから、この威圧するかのような迫力で私達を見下ろしている利尻山を、ぐるっと1周してこなければ今日が終われないんだと思うと、チョッピリ不安でドキドキである。 この雪原でシールを剥がして、ここからウロコテレマークスキーの機動力の本領発揮である。2万5千の地形図の読図に慣れていても、やはり自分のイメージと実際の地形は違っていることが多い。さらに今は積雪期なので、思ったより良かったりもするけど、悪い場合ももちろんあったりするので、気は抜けない。これから横断する初っぱなのいくつかの沢は、思ったより深くて急な印象が残っていたが、実際は今年は積雪が多いせいか斜面がゆるく感じられた。また時計回りに進むので、斜滑降する斜面がちょうど朝日で緩み出していて、急斜面でもアイスバーンでないのが良かった。北稜の東側の長官山に突き上げる沢がちょうど正面に眺められた。北稜からこの沢方向に大きなスキー向きの斜面が広がっているのがわかる。ところでポン山さんはこの日のためにトレーニングをされてこられてもいるし、十分1周できると思うのだが、やはり本人は心なしか緊張していて、ちょっと無理してぴったり私の後を付いてきてくれているような感じがする。家内は、ハードなスキーツアーにはもう慣れっこなので、まったくマイペースで一番後ろからやって来る感じ。 姫沼の上部の雪原に立つと、北稜の東側の長官山に突き上げる沢がちょうど正面に眺められた。北稜からこの沢方向に大きなスキー向きの斜面が広がっているのがわかる。ところでポン山さんはこの日のためにトレーニングをされてこられてもいるし、十分1周できると思うのだが、やはり本人は心なしか緊張していて、ちょっと無理してぴったり私の後を付いてきてくれているような感じがする。家内は、ハードなスキーツアーにはもう慣れっこなので、まったくマイペースで一番後ろからやって来る感じ。 いよいよ豊漁沢川の横断にさしかかる。この沢の左右の尾根もスキー向きの斜面が広がっていて、昨年ポン山さんと滑ったところだ。豊漁沢川も条件が良ければ山頂から滑降できるようで、テレマークスキーではハードかもしれないが挑戦できると思う。そうすると海まで滑ることが可能なので、標高差1721mのダウンヒルも夢ではない。 オチウシナイ川は山頂直下が急で複雑なルンゼになっていて、こんなところをエクストリームスキーヤーは滑るらしい。今日なんか良いコンディションかもしれない。しかし上から下はたぶん見えないだろうから、一人でやるのはかなり危険なことにちがいない。ところで利尻島には羆もキツネも鹿もウサギもいないが、シマリスは見ることが出来る。先頭を歩いていると突然シマリスが木の根本の穴から驚いて飛び出してきた。大きな声でみんなに教えると、すぐに近くの木の根本の穴に隠れてしまったが、また突然飛び出してきてしばらく私達を楽しませてくれる。雪の季節は、足跡しか見たことがなかったので貴重な遭遇。やはりふだん人が入らない森の奥深くだったので、シマリスの方もびっくりしたのかも知れない。 日がまだ高くないこの時間までは、斜面がアイスバーン気味なのでスキーがよく走る。今のうちに距離をできるだけ稼ぎたいが、チョコチョコっと写真撮影がてら止まるものの、ほぼ休憩無しだったので、アフトロマナイ川まで頑張って、そこで大きな休憩を入れることにする。 さて、私達が使用しているスキー板、カルフガイドは非常に万能である。カルフというスキーメーカーは昨シーズンで無くなったらしいので、もうこの板は手に入らなくなるのが残念。だから家内も私も予備の板を実はストックしてある。私が今使っているのは長さ185cm。板のスペックは107,78,98で、これならとても快適なテレマークターンが出来る。ただし滑降専用ではないのでベントは柔らかくてへなへな。アイスバーンやハードパックスノーは苦手である。サラサラの新雪は逆に気持ちいい。そして、スキー板の滑走面に魚のウロコのように刻みが入っていて、ちょっとした斜度ならシールを貼らなくても登ることが出来る。ザラメ雪などほぼシール登行に劣らない性能を発揮することもあるくらいである。このスキー板にプラブーツとツアービンディングを組み合わせれば、ほぼどんな雪山でもカバー出来る。そんなウロコテレマークスキーで歩きながら高度を上げ、適当なところで今度は斜めになるべく長く滑っていくという繰り返し。無数の谷を越え、尾根を越えて行く。 1周のトレースは、やはり標高350m前後のラインが効率的なよう。アフトロマナイ川にもちょっと上流の地点だが昨年とほぼ同じ場所に出た。 Chapter 2へ

知床岬コロポックルツアー1992

29の夏、まだ世界遺産に登録される前の知床半島をシーカヤックで旅した思い出です。旅の準備として、アマチュア無線の免許をとって無線機を購入したり、冷たい海で低体温症にならないようにロングジョンのウエットスーツも購入したり、さらにてヒグマ対策として熊忌避スプレーも購入しました。ハイエースのルーフにダブルのシーカヤックを積載して新潟からフェリーで小樽へ。そして小樽から丸一日がかりで羅臼へ。翌日1日目は波風強く羅臼停滞。2日目は羅臼からペキンの鼻でキャンプ泊。3日目はペキンの鼻から知床岬文吉湾でキャンプ泊。4日目は文吉湾からアウンモイ番屋で番屋泊。5日目はアウンモイ番屋から岩別川河口でキャンプ泊。6日目は羅臼のハイエースを回収して岩尾別川河口からウトロまで。ウトロのキャンプ場泊。 私たち夫婦のダブル艇はレットマンパシフィック。ファルトピアさんで2分割仕様になるよう特注。GWに完成したばかりで、海での使用は新潟名立で1回だけ。仲間の艇は二人ともフジタのシングル。まさに井の中の蛙大海を知らずの遠征でした。

知床シーカヤッキング1998

シリ・エトクへ(大地の果てるところ) I. 旅のはじまり 知床半島の西の玄関口であるウトロを朝早く出発した。プユニ岬からカムイワッカの滝まで、厳しい気象条件に晒された荒々しい断崖の海岸が続く。海の色は一言では表現できないブルー。小笠原でも佐渡でも豊後海峡でもない、知床のブルーとしか言いようがない。とても冷たくて泳ぐ気なんて起こらないが、北の海流にのってやって来るこの青い海こそ、知床のすべての生き物を育む母だ。 カモメなどの海鳥のけたましい鳴き声が、断崖に囲まれた入り江に響き渡る。そう、ここは海鳥の楽園。気をつけなければならない。頭上を飛び交うカモメからいつ爆弾(くそ)が落ちてくるかわからないのだ。私たちは、おそるおそる断崖に彫り込まれた洞窟にカヤックごと入り込む。入り口はカヤックがやっと通れるくらいだが、中は6メートルあまりのカヤックが方向転換できるくらい広い。ちょっとした探検気分を楽しんだ。 II. 野生 カムイワッカの滝を過ぎると、背後に濃密な森を従えた玉石の海岸線に変わる。なんと野生の臭いがすることか。二度ヒグマが現れた。最初の親子連れは、子供を先に逃がせて悠然と母熊も森に消えた。次の熊は、はじめは音もなく近づくカヤックに気づかないで海岸の草を食べていた。やがて気が付くと、しばらく私たちの様子をうかがうようにしながら、やっぱり悠然と森に消えた。濃密な森に覆われたこの大地は、知床のすべての生き物を守る父だ。 III.番屋 知床にはいくつもの番屋がある。夏から秋にかけてカラフトマスや鮭を捕ったり、ウニや昆布を採ったりするために、漁場の近くで漁師が生活するためにあるのだ。私たちは、6年前に世話になったアウンモイの番屋を訪ねた。船頭さんたちは、私たちのことを良く憶えていてくれて、また快く迎えてくれた。アウンモイの番屋は他の番屋とちょっと違う。断崖絶壁にえぐられた小さな入り江にへばりつくようにあるのだが、正面に切り立った小島があり荒海から入り江を守っている。それはまさに天然の要塞である。ひょっとしたら気付かないで通り過ぎてしまうカヤッカーも多いだろう。漁師は、7月になると漁場に網を張るために、ここへやって来る。8月のはじめの今頃は、カラフトマスが少しやってくる程度でまだのんびりしているが、鮭の捕れる頃になるともっとたくさんの漁師がここにやってきて、大忙しになる。11月頃になると海の荒れ方も今よりもっと凄いから、漁師の仕事は死と隣り合わせといっても言い過ぎではないと思う。そういえば前回の時はカラフトマスが初めて捕れたお祝いの日で、チャンチャン焼きをごちそうになった。今回も漁師達の家族が遊びに来ていて、夜の豪華な宴会に交ぜてもらった。チャンチャン焼きはもちろん、たこ、うに、ヒラメ,鹿・・・ Ⅳ 岬 二日目の昼、私たちは岬に上陸した。岬には私たち三人以外誰もいなかった。知床岬らしい強い風が、台地の草原をなびかせていた。シリ・エトクとはアイヌ語で、大地の果てるところと言う意味がある。とうとう、また、こんなところまでやって来てしまった。岬の沖には強い潮のぶつかり合いがあった。岬は、潮と風が渦を巻くように交わり、まるで心臓が全身に血液を送り出すかのように、海の力の源泉となる。多くの岬を訪れたが、知床岬が放つエネルギーは格別である。三人はそれぞれの想いを抱いて、しばらく静かに岬の時間を過ごした。 Ⅴ 文吉湾の愉快な仲間達 漁師はカモメのことをゴメと呼ぶ。断崖絶壁に無数の巣があるが、文吉湾では沖の防波堤に巣があった。陸から行けないので、狐にやられることはないけれど、気をつけないといたずら好きのカヤッカーにちょっかいかけられるよ。今夜は岬近くの文吉湾にキャンプだ。番屋のおじさんに断りを入れると、「ついこないだまで、よく熊が遊びに来てたべよ。」と、私たちをビビらせる。青ざめる私たち。「でも今は鹿がよく来てるから、熊はこの辺にはいねえべ。」と安心させてくれる。でも怖いなあ。食料は、テントから出しておこう。私たちがのんびりしてると、ピーター達もやってきた。ピーターと辻ちゃんは、昨日カムイワッカの滝の近くの入り江で友達になったカヤッカーだ。焚き火の煙が沖から見えたので行ってみたら、朝漁師がくれたんだと言って、ウニやらマスやらの炭火焼きをごちそうしてくれた。昨晩は一緒にアウンモイの番屋に泊まり、昼間は別行動。彼らは少し戻って、カシュニの滝でカヤックごと滝の水を頭からかぶってきたそうだ。ピーターはジャズドラマー。港からがらくたのバケツを拾ってきて、スイングする。今夜も夜空にタイコとウクレレとリコーダーの音が鳴り響いた。 忘れちゃならない愉快な仲間、番屋の犬、チャッピー! 寂しくなるから行かないでくれと、私たちを名残惜しく見送ってくれた。 Ⅵ オキッチウシ川 私たちは予定を変更して、ウトロに戻ることにした。またまた図々しくもアウンモイの番屋を訪ねよう。途中オキッチウシの沢が流れ込む入り江に上陸した。今までで一番天気も良く波も穏やかな一日となり、私たちは心ゆくまで知床の夏を楽しんだ。この素晴らしい大自然を、いつまでも守っていきたいな。 Ⅶ 漁師体験   漁師のやまちゃんは、朝起きたら船頭さんのご機嫌を伺うようにしてコーヒー代わりにまずビールだ。でも船に乗ったら、人が変わる。海の男は、かっこいい!一日おいて番屋を訪れたら、お客さんである漁師の家族達も帰ってしまい、何となく寂しい雰囲気だ。まだ網をあげる時期ではないので、朝と夕方に網を見回るくらいで昼間の小屋はのんびりとした時間が流れていた。そして、またまた歓待してくれる。最後の日の朝、船頭さんは私たちを船に乗っけてくれた。カラフトマスや鮭を捕る定置網の様子を見に行くのと、スロープの補修のための砂利を採りに行くためだ。海は少し時化ていて、私たちはしっかと船縁にしがみつく。ところが、海の男は、本当にかっこいい。私たちみたいなシーカヤッカーなんて到底足もとにも及ばない。どんなに船が揺れても、しぶきがかかっても、平然と煙草を吸っている。漁師さん達の生活は、私たちなんかにはたぶん想像もつかないような厳しい北の海の自然の脅威にさらされていることを、ほんの少し実体験させてもらった。 Ⅷ またいつの日か・・・ 最後の日、海は時化気味だったがこれ以上アウンモイの漁師さんに甘えるわけにもいかないので、ウトロに向けて旅立った。観光船は欠航のようだ。昨日とは違い、上陸できるところもなく、ひたすら漕いだ。夕方ウトロに着いたときは、くたくただった。でもすぐに心配してくれているアウンモイの漁師さん達に相棒が無事到着を連絡した。

クワウンナイ川の想い出1999夏

九月のクワウンナイ川は、それは素晴らしいという。「紅葉に初雪のデコレーションを纏った景色に出会える沢登りができるのは他にないでしょう。」と、積丹の海でキャンプした夜、偶然出逢った札幌のシーカヤッカーが薦めてくれた。 1999年の夏の北海道は、記録的な猛暑だった。私は積丹半島をシーカヤックで旅していた。美国からスタートし、旅の初日は積丹岬の手前の無人の番屋がある玉石の海岸でキャンプを張っていた。夕暮れ間近、一人涼しくなった浜辺でのんびり読書してると、そこへ若いカップルがいつの間にかやってきて、私の隣にキャンプを張った。その日新しく進水式をしたばかりのダブルの新艇を試すために、札幌から手近な積丹へツーリングにやってきたそうである。お盆休みに知床へ出かけるのだそうだ。正直一人静かなキャンプの心地よさを奪われたようで興ざめたが、翌朝は打ち解けていろいろ話も弾んだ。もちろん、こちらからも知床の素晴らしさもいろいろ話してあげた。 さて、たまたま気になっていたクワウンナイ川はどうかとカップルに聞いてみた。なんとも奇遇な話だが、意気揚々とクワウンナイ川が知床と並んで大好きだという。私は大島亮吉を読んで、まだまだ原始の香りがプンプン残っているに違いないクワウンナイ川へぜひ行ってみたい思っていた。カップルの楽しい話を聞いて、これはもう絶対行かなければと思った。ガイドブックにはない面白い旅の情報を、なんと積丹の無人の海岸で得るということが、これまた旅の面白さか・・・ 積丹半島をカヤックでまわった後、旭川空港で家内と合流し、大雪山の麓にある天人峡温泉からクワウンナイ川に入渓した。わずか3日間だったが、大雪の自然の懐の深さを堪能できた。1日目に選んだキャンプ地は、札幌のカップルから教えてもらっていたとっておきの場所だ。原始のままの河畔林を背にして、まだまだ広々とした川を眺められる素敵なところだ。夏の日は長いので、のんびり今夜の夕食にするオショロコマの釣りと食事を楽しんだ。ヒグマの出没が多少不安ながらも、日が暮れたら疲れがどっと出て、ぐっすり眠り込んでしまった。 2日目の朝食にもオショロコマを食べた。そして、途中で何回か竿を出しながら夕食のオショロコマを確保した。2日目のキャンプ地は、源頭付近の予定だ。魚止めの滝を越えればもう魚はいなくなる。北海道の沢ならではのオショロコマの味を、できる限り楽しみたいではないか。 美しいナメが十三町も延々と続くという滝の瀬十三丁は、大自然の驚異である。しかし、途中で家内が小さな滑落事故を起こす。たまたま下流にいた私が止めることができて、大事にいたらなくて幸運だった。平水だったが、ナメは滑りやすいので、油断は禁物である。雨が降って増水したときは、流されたら止められないので結構シビアかもしれない。しかし、紅葉の頃の滝の瀬十三丁は、ほんとうに美しいだろうなと思う。いつかまたその頃をねらって訪れてみたいものだ。2日目の夜は、盛夏だというのにまだ雪渓が残っている源頭付近にキャンプを張る。ナキウサギの鳴き声が静寂に響き渡る。ここはほんとうに別天地だ。 積丹の海を漕いで渓を遡った大雪の山々を眺めながら格別な思いが湧き上がった。なんとなく後ろ髪を引かれながら、夏道を辿って出発地の天人峡温泉に下山した。

2011 バイク&カヤックRISHIRI中編函館~宗谷岬

9月2日 雨 函館観光 朝9時、北海道上陸。小雨がぱらついていて、北海道にもいよいよ台風の影響がでてきた。午前中はどうも自転車に乗る気になれず、函館の朝市を覗いてみたりする。、お昼は今回の旅で初めての外食。500円のワンコイン丼。280円の牛丼となかなかのいい勝負である。午後はさらに雨脚が強くなり、結局1日休養日となる。温泉は戸井ウオーターパークふれいあい遊湯館。道の駅なとわ・えさんにて車中泊。 9月3日 雨 函館市土方・啄木記念館R278~R5~R338大沼公園駅~R5八雲 走行距離 76.9km 北海道にはまだ台風12号の影響は小さく、朝起きると雨も上がり何とか走れそう。函館市街に戻りいよいよ北海道を宗谷岬に向けてペダルを漕ぐ。日本海に沿って国道228号線を走りたいところだったけど、安全そうな札幌あたりで台風をやり過ごしたいと考え、最短の国道5号線を走ることにした。土曜日の朝だからだろうか、車通りも少なく快適である。 大沼トンネルを抜けたところで道道338号線を走り、大沼公園駅で朝食休憩。また国道5号線に戻って、太平洋側の噴火湾までダウンヒル。 八雲に近づくにつれ天気が怪しくなってきた。ついに雨が降ってきて、ちょうどスーパーマーケットがあったので雨宿りに跳びこむ。しかしどんどん雨脚が強くなり今日はここまで。もっと走りたかったけど、ずぶぬれになりながら自転車漕ぐ意味無し。物足らない・・・ 温泉は黒松内温泉ぶなの森。露天風呂のロケーションがなかなかいい感じ。車中泊は道の駅黒松内。 9月4日 雨後晴れ 八雲町R277~雲石峠~熊石町R229~瀬棚町~島牧村道の駅よってけ島牧 走行距離 128km 台風12号は自転車並みの遅すぎるスピードで各地に大きな被害をもたらした。群馬の我が家がある地域でも、なんと3日間も県道が通行止めになるほどの大雨だったらしい。知らぬが仏であった。自転車に乗ってる場合じゃなかった。しかし北海道ではまだそれほどでもなく、午後になるにつれて天気が良くなる予報だったので、小雨になったのを見計らって自転車に乗ることにした。ただ国道5号線沿いに走るのは水たまりが道路わきにたくさん残っていて危険なので、峠越えをして日本海側の熊石町と結んでいる国道277号線を走ることにした。こんなことなら初めから忠実に日本海側の国道278号線を選んでおけば良かった。 峠の標高がそのまま実際のヒルクライムの標高差。しかも、ひょっとして太平洋と日本海を縦断する道路として、日本で最短距離かも・・・だとしたらこの国道277号線は、マニアックな道として有名なのかも知れない。実際、自転車で走ってみても、車通りは滅多になく、勾配も無理なく峠まで続いてるので楽しい。いやはや先ほどのぼやきはどこへやら、この道を偶然走ることが出来てラッキー。 最初、峠からのガスの中の下りは濡れた衣服が冷やされて寒いのを我慢しなければならなかったけど、下るにしたがいガスが晴れると、急に暖かくなって最高に気持ちいいダウンヒル。マリンブルーの日本海にそのまま飛びこみたくなった。奥尻島が浮かぶ海岸沿いの道を快走。道の駅てっくいランド大成からは羆出没注意の看板がいくつもある峠越えの山道になる。そして奥尻島行きのフェリー乗り場のある瀬棚町でまた海岸沿いの道になる。 いよいよ国道229号線は、標高1519.9mの狩場山が日本海からどっしりとそそり立つところの海岸沿いを走るようになって、荒々しい岩肌が剥き出し、冬の日本海の風波のすさまじさが目に浮かぶ。そのためだろうか、トンネルも多くなる。天気も何となく怪しくなってきて、海の色も、いつのまにか飛び込みたくなるようなマリンブルーとはほど遠い、不気味なドス黒さ。沢の土砂が海に流れ出て、いまだに濁りも残っている。寿都まで走れば150km超距離が稼げたけれど、道の駅よってけ島牧で今日はFinish。 温泉は、宮内温泉(ぐうない温泉と読むので注意)が臨時休業していて、千走温泉へ。源泉かけ流しのひなびた温泉でベリーグッド。車中泊は道の駅よってけ島牧。狩場山は、いつかぜひスキーで登って滑ってみたい山である。 9月5日 雨 沈滞 奈良や和歌山の山間部にとんでもない被害をもたらした台風12号が日本海に抜け、いよいよ北海道にも風波の影響が出てきたので、今日は安全な場所に避難である。ここ島牧村は危険なので、札幌方面へ移動することにする。この雨の中でも勇敢にカッパを着て走っているサイクリストを見かける。家内に軟弱サイクリストとなじられるけど、もっともである。札幌のアウトドアショップを2つ梯子してお買い物。今夜が台風勢力の峠なので、最も安全なところと考えたのが、小樽のフェリーターミナルの駐車場。正解であった。道南の山間部は、翌日いたるところで道路通行止めになっていた。温泉は、小樽温泉オスパ。 9月6日 雨 沈滞 今日もまだ台風の余波で雨がやまない。午前中は小樽市立図書館で読書。北海道立図書館が江別市にあって、ここには北方資料室というのがあるらしいのでいつか訪ねてみたい。午後は、余市のニッカ余市蒸留所を見学。 台風の大雨の影響で、ここ余市蒸留所の敷地内が浸水。見学コースが大幅減になってしまったけど、ちゃっかりウイスキーの試飲はできて大満足。また来る楽しみができた。 温泉は、余市市内にある鶴亀温泉。源泉かけ流しでグッド。車中泊は道の駅スペースアップルよいち。明日からはやっと普通に自転車に乗れるかな? 9月7日 曇り後雨 島牧村道の駅よってけ!島牧R229~寿都町~岩内町~泊村~神恵内村~積丹町余別…

2011 バイク&カヤックRISHIRI前編中之条~竜飛

8月28日 晴れ時々曇り 中之条r53~大道峠~たくみの里R17~三国トンネル~JR石打駅~魚沼市小出R290~道の駅とちお 走行距離167km 三国トンネルを越えて新潟県に入ると、まだまだ残暑が厳しいと実感。群馬北部はぐずついた日が続いて、湿気が多いものの涼しい毎日だったので、もう夏も終わりかななんてチョッと寂しさを感じていたものの、いざこの蒸し暑さに直面すると前回の自転車旅が思い出されて、やっぱりうんざりである。しかし今回は北に向かって走るので、だんだん涼しくなっていくに違いないと勝手な希望を持つことにする。久しぶりの自転車旅で、車通りの少ない県道の田舎道を気持ちよく走る。県道から国道17号線に入って三国トンネルを抜けると、いよいよ新潟県に突入。 ここからは一部上りもあるが湯沢まで長い下り。苗場スキー場では、バイクの大規模なイベントが行われていた。どうりで今日の国道17号線はイージーライダーに出てくるような改造バイクが多いわけだ。途中三俣付近のトンネルで突然ハンドルバーに装着していたGPSが落下するアクシデント。追い抜いていく車に踏まれなくて、かすり傷程度で済んでほんと良かった。トンネル内の路面の凸凹がひどすぎて、プラスチックのジョイント部分が欠けたらしい。GPSは高価なので、アクセサリー部品を無闇に信用してはいけないという今後のための教訓になった。 R17号線は関越高速道が昔から併走しているので、道の駅というものがない。お昼休憩するのにいいところはないかなと考えたら、そうだ!JR石打駅が頭に浮かんだ。駅内の畳敷の待合室は、時々風が通り抜けて気持ちいい。やっぱり上越新幹線が併走しているからだろうか、旅行者はもちろん地元の人の利用すらなく、おかげ様でずっと私達だけでのんびりさせてもらった。 小出から旧入広瀬村方面への道に入る。途中玉川酒造の酒蔵ゆきくら館に寄って玉風味の特別本醸造2本購入。酒造の人は盛んに吟醸を勧めてくるが、冷蔵庫で保存できるわけでもないので醸造酒でなければ困るのだ。渋川という交差点で左折。まっすぐ進めば只見へ抜けて福島県に突入できるのだけど、7月下旬の新潟福島豪雨でR252は只見線共々今だに不通だった。そして、道の駅とちおで本日Finish。温泉は少し戻って寿和温泉ひめさゆりへ行ったが、やはりここも新潟福島豪雨の被害が大きかったのだろうか閉館していた。なので、守門温泉SLランドへ。車中泊は、道の駅いりひろせ。道の駅とちおのあぶらあげ300円が美味かった! 8月29日 晴れ 新潟県長岡市道の駅とちおR290~萩掘r331~東三条R403~新津R460~新発田R7~岩船港R345~勝木R7~山形県温海立岩海底温泉 走行距離173km 道の駅とちおを朝6時頃Start。やたらブヨが多く、自転車で走っていても吸い付こうとするのもいて、やはり昨夜は道の駅いりひろせで車中泊したのが正解。ブヨから逃れるように、田舎道の国道を飛ばす。東三条あたりからギラギラ太陽が肌を刺し蒸し暑くなってくる。昨日はススキの穂が残照に輝いているのを見て、秋の気配を感じたところだけどまだまだ暑い夏である。途中のセブンイレブンの駐車場で家内のサポートを受けて朝食。そして新津、新発田と平坦で景色も単調な国道をひたすら走る。広い阿賀野川の河川敷は、1ヶ月たった今でも洪水で流された残骸の片付け作業が行われていて、テレビで見たゲリラ豪雨の被害の甚大さを思い起こさせる。 灼熱の国道7号線を離れ、ようやく海沿いの岩船の港まで来ると、木陰に入れば風が涼しい。ムムム、やっぱり暑い夏は過ぎ去ろうとしているに違いないのだ。 今までの退屈な国道7号線の走りから一変、海岸沿いを走る国道345号線は景色が良くて楽しい。海上に浮かぶ粟島や笹川流れの変化に富んだ地形を眺めながら、ガンガン飛ばして一気に山形県へ突入。 山形県に入るとすぐに鼠ヶ関。昔から重要な関所があったことを偲ばせる地名であるが、県境に大きな川があるとか、長いトンネルがあるとか地形的にはっきりした境を感じさせるものもなく、うっかり通り過ぎてしまうところだった。 今日は温海温泉の先の立岩海底温泉でFinish。源泉かけ流しの熱い湯がベリーグッド。 8月30日 晴れ 山形県温海立岩海底温泉R7~由良峠r336~R112加茂~酒田市~道の駅鳥海~秋田県にかほ市道の駅象潟~羽後本荘~秋田市r56~潟上氏道の駅てんのう 走行距離172km 目覚ましのコーヒーを飲んで6時前にStart。旅の3日目、ペダルを漕ぐ足がますます軽やかに感じられてきた。日が昇るにつれて刻々と表情を変える朝の海とともに走るのは、気分爽快である。カシミールの5000mの不毛の峠だろうが、キリマンジャロがそびえるサバンナの大地だろうと、どこへでも、どこまでも、漕いでいけそうである。 ところが・・・由良からさらに県道50号線で加茂へと続く海沿いのファンタスティックな庄内夕陽街道を楽しむつもりだったが、土砂崩れの復旧工事で通行止め。これまた新潟福島豪雨の仕業か?自転車だったら担いで通れるかと思って途中まで行ってみたが、なんと道路警備の人が立っていて厳重に進入を断られた。気分を変えて、かなりの回り道になってしまうけど一旦国道7号線に戻って由良峠まで走り、県道336号線から国道112号線に入って加茂に向かうことにする。快調に走っていよいよ加茂の手前の峠のトンネルで、今回の初めてのパンク!前回の長崎旅の時と同様、リアである。どうやらタイヤの方に原因があるかも。とりあえず使い古しのスペアチューブと交換する。そんなこんなで、家内が朝食を作って待っていてくれる秋田山形県境に近い道の駅鳥海には、かなり遅くなって9時到着。 国道7号線は、山形県吹浦からは立派なバイパスができているが、もちろん海沿いの旧道を走る。山形秋田県境もうっかりしていて知らない間に通り過ぎてしまい、気が付いたら秋田県を走っていた。6月初旬に吹浦から象潟までカヤックで漕いだ海を左に見ながら道の駅象潟へ。ここでサポートの家内と待ち合わせて、名物の岩ガキを食べる。300円、350円、400円、450円、500円と大きさによって50円ごとに値段が上がるキッチリさ。50円の差はどんなものなのか?素人じゃとても見分けられないので、300円のを注文。デリシャス。そして、最近のノンアルコールビールの味の良さにも感心する。 陽が高くなり、国道7号が内陸部を走るようになると、灼熱に苦しめられる。次の道の駅西目でアイスクリームを食べて、その次の道の駅岩城で昼食休憩。秋田県は観光に力を入れているからだろうか、道の駅が充実していて快適である。 大河雄物川を渡って、夕方渋滞が始まっている秋田市街地を通り抜け、男鹿半島へ向かう県道56号線に入る。今日は朝のアクシデントのおかげで夕陽を見ながらペダルを漕ぐことになってしまったが、これまた気分爽快である。まだまだ走って行けそう?だったけど、男鹿半島の付け根、潟上市道の駅てんのうでFinish。温泉は、道の駅にあるてんのう温泉400円はグッド。小笠原付近にある台風12号の進路が気になる・・・ 8月31日 晴れ後曇り一時雨 秋田県潟上氏道の駅てんのうR101~男鹿市r55~入道崎~R101八竜R7~能代R101~青森県深浦町大間越 走行距離150km ぐずついてパッとしない関東地方とは裏腹に、ここまで3日間、天気に恵まれてきた。が、しかし今日あたりから東北地方北部も雲行きが怪しくなってきた。どんよりとした曇り空の朝、男鹿半島の入道崎を目指してペダルを漕ぐ。さっそく全然怖そうでないユーモラスななまはげがお出迎えである。男鹿市から国道101号線を離れ、県道55号線に入る。次第にダイナミックな海岸を縫うようになり、今までの単調な秋田の海岸線とは異なって、男鹿半島はまさに大海に突き出た山脈の如きである。江戸時代の偉大な旅行作家であり民俗学者の祖と云われる菅江真澄も、きっとこの男鹿半島の自然に圧倒されながらの旅だったにちがいない。 戸賀の水族館で朝食休憩。今日の海は凪で透明度も高いようで、グラスボート屋さんは、こんなに良い日なのにお客さんがいなくて気の毒である。戸賀から男鹿半島の先端入道崎へ。相変わらず演歌がけたたましい音量で流れている。カヤックで海からこの岬に上陸したのは何年前の夏だったっけ? 北緯40度線が横切る入道崎に立って、北極点の方向を眺め、地球のでかさを感じた。男鹿半島を廻り、今度は平らな八郎潟の干拓地に作られた単調な道を走る頃になって、雨がぽつぽつと来た。本降りにならないことを願いつつ能代の町までやって来ると、また晴れ間が出てきて一安心。 道の駅みねはまで昼食休憩。しかしまたまたいつ降ってくるかも知れないような怪しい空模様で、なんとか青森県に突入してJR大間越の駅まで。温泉は秋田県に戻って八森いさりび温泉ハタハタ館。 9月1日 晴れ 青森県深浦町大間越R101~鰺ヶ沢r12~車力~R339小泊~竜飛崎…