II.
竹富島~小浜島~西表島(大原)
コンドイビーチから集落への道ぞいには、真紅のハイビスカスが目を楽しませてくれる。ヤドカリが道路の真ん中を歩いていたが、私たちに驚いて貝殻の中に引っ込む。亜熱帯の道路はのんびりしたものだ。カヤックを浜に残して、とりあえず集落に向かって歩くことにした。今日の宿を見つけなければならない。
ビジターセンターには、サンゴのちょっとした資料館があって、枝サンゴやテーブルサンゴなどのいろいろな標本がある。石西礁湖のことやサンゴの生育について解説していたが、当然標本は、みな白骨化したものばかりだ。サンゴのあの鮮やかな色彩が再現されていなくては、かなり物足りない。とりあえず雷の恐怖から逃れることができ、オリオンビールでおつかれさんをすることにした。
私たちの今夜の宿は、大浜荘だ。集落の中心にあるレンタサイクル屋で自転車を借りて、必要な荷物を取りにコンドイビーチに戻った。ついでに自転車で島のだいたいの道を回って観光する。舗装せず白砂のままの道、サンゴの石垣や赤瓦屋根などとても美しいのだが、徹底した景観保護が行われているらしい。
夕方から心地良い風が吹きだした。民宿の部屋の窓を開けると、冷房がいらないくらい涼しい。ニュースでは、甲府で40.7度、前橋で40,2度の最高気温を記録したなどと騒いでいる。沖縄に来るまでずっと前橋で寝苦しい夜を過ごした相棒は、「ざまあ、みろ。」と喜んでいる。いったい誰にざまあみろなのか。
戸を開け放しているので、蚊が入ってこないように部屋を真っ暗にしてごろんと横になっていた。近所から3線(サンシン)の音が鳴りだした。それに合わせる手拍子、独特の節回しの歌が賑やかにはじまる。地元の人たちの宴会だろうか。笑いや掛け声も聞こえてくる。3線の音が聞こえてきてうっとりとしばし耳を傾ける。竹富島には種子取(たにどる)祭という伝統芸能が守り続けられている。旧暦の9~10月、10日間にわたって「まいた種が土地に根付いて豊かに実りますように。」と神に祈る儀式が行われるそうだ。この祭りで毎日たくさんの歌と踊りが神に捧げられる。島の人口と同じくらいの民謡が伝えられているらしい。その数300余。そんな島だから、夜になるといろいろなところから三線の音に合わせての歌や踊りが聞こえてくるようだ。
翌朝は雨もあがったが、どんよりした空模様でのんびり気分。しかしコンドイビーチに立つと、凪いだリーフの海がシーカヤッカーの心を騒がせ、シャキッとなる。宿の人たちに見送られての出艇。ちょうど満潮の潮どまりの時間帯のようだ。コンドイビーチの景色の中でも、とびきり美しい表情ではないかと思う。南国らしい燦々とした太陽に輝くビーチもいいが、雨上がりの朝のしっとりしたビーチの優しい色彩もなかなかのものだ。今日は小浜島からさらに霞んで見える西表島へ渡りたい。
沖にでるほどに左後方から風を感じる。凪いでいた海も、風の影響からかうねりがではじめ、白波も立つ。私たちは快調に小浜島に向けて進む。時々サーフィンのように波に乗ることができるが、ラダーが宙を切りカヤックが振り回される。空模様からそんなにあわてることもないが、大洋の真ん中で海が突然荒れだしたらと想像すると、気持ちいいものではない。追い風に助けられ一時間半ほどで、小浜島の船崎漁港に到着。
小浜島もやはり集落は島の中央部にあって、漁港には港湾施設とダイビングや観光船の店が二軒あるのみだ。ちょうど昼食時だが、ここには食堂がない。親切なおばさんが食堂まで乗っけてってくれる。小浜島は今売れている四人組のアイドルグループのメンバーの出身地だそうだ。私たちはあまりくわしくないので、その時おばさんの話を聞いてもよくわからなかったが、後で石垣の図書館で彼らの本を探して読むことができた。ダ・パンプのメンバー、シノブだ。シノブの生家は民宿みやらだ。出身の小浜小・中学校は、島の高台にあり海がよく見える。東京から何千キロも離れたのどかな島の音楽好きの少年が、10年後かには有名な芸能人になるなんて誰が予想できたんだろうか。そしてそれにもまして、小浜島はNHKの朝の連続テレビドラマ「ちゅらさん」で日本中の注目の的になっている島だ。帰りはのんびり島の道を歩いて途中からヒッチをしてカヤックのある漁港に戻った。
ボリュームたっぷりのゴーヤーチャンプルー定食を食べて大満足。小浜島を後にする。小浜島と西表島にはヨナラ水道という潮流のきつい川のような海峡が横たわっている。この海峡は別名マンタウエイと呼ばれ、マンタが見れるダイビングスポットとして有名らしい。小浜島の北海岸を西に進み、いよいよヨナラ水道を目前にする。左に「ちゅらさん」に出てくるガジュマルの木が、海の上のシーカヤックからも眺められた。
浅い珊瑚礁のリーフから川のように潮がひいていく。珊瑚礁の海の大自然の現象だ。ヨナラ水道を横断するには、まずリーフの外に出なければならない。とうとうカヤックから降りて、歩いてリーフの外に出る。リーフの外に出ると、大河のようなヨナラ水道があった。ゆっくり左から右に潮が流れていたが、スピードの出るカヤックにとっては問題ではなかった。今までエメラルドグリーンの珊瑚礁の海の色に馴れていたせいか、ディープな黒い海の色が不気味に感じた。西表島側のリーフの海を今度は南進する。もう3時半を回っていたが、目的地の大原漁港まで遠い。潮はどんどんひいて、相当沖を漕いでいても浅い。右手に水牛車で有名な由布島を見て、もう嫌になるほど漕ぎ進んで、とうとう浅すぎてカヤックから降りなければならなくなった。満潮なら簡単に仲間崎をかわして大原漁港へ行けるのに、浅いリーフはずっと沖まで続いていて、何倍もの遠回りをしなければならなかった。相棒も自棄になっていた。これこそ、珊瑚礁の海の落とし穴だ。海の美しさだけに見とれていたら、潮の干満という大自然のエネルギーに飲まれてしまうのだ。おかげで、くるぶしくらいの浅いリーフを、由布島の水牛車のようにえんえん歩いたサ。大原漁港に着いたのは6時半を過ぎていた・・・