nakanojo(中之条)

最新積雪情報チャツボミゴケ公園スノーシュー ハイキング2024

3連休にまとまった雪が降ってようやくチャツボミゴケ公園も銀世界に変わりました。深いところでは50㎝くらいありますが、平均的に15センチくらいの積雪です。12月からしばらくの間誰も歩いていない公園内には、動物たちの足跡がたくさん雪の上に残されていました。一番多いのはキツネ、ウサギ、リスなどです。 「億万の秋ぞ化石の笹ねむり」と「地吹雪に背曲がりの列黙と行く」の句碑 時々ほんのりと湯気が湧きおこって風情豊かな温泉大滝です。 こちら湯の滝。この冬のチャツボミゴケは例年になく緑がたくさん見られるように感じました。 2024シーズンの開催要項が一部変更になっています。大きな変更はというと、毎日の募集ではなくカレンダーに記載されている特定日の募集になっています。また燃料費等の物価高に合わせてガイド料金も改訂させていただいています。 現在の積雪でもスノーシューハイキングは催行可能です。オープン当初の雪の少ない時期は、初心者の方や体力に自信のない方にとっては歩きやすいので、お勧めのタイミングかもしれません。これからどんどん積もっていけば、そり遊びなども出来るようになります。極寒の吹雪の日は、あたたかい装備の準備をお願いします。 詳細はこちらからご確認ください。いよいよ今日から3月15日までが開催期間です。少しずつ予約が入ってきています。

第1回スノーシューガイド2024-1-3

昨日は北アルプスの山並みが綺麗に眺められました。今日も幸運なことになんとなく北アルプスがわかるくらいの眺めが楽しめる天候で、偵察した甲斐がありました。今シーズンのはじまりは雪不足で、いろいろ偵察してコース選びに悩みました。結果的には勝手知ったるうらやまが、一番安心して楽しんでもらえることを再確認です。 笹薮がまだ埋まっていないですが、かなり締まってきているのでスノーシューツアーなら十分楽しめる積雪量です。山頂付近からの稜線漫歩&ソリ滑りを楽しむことが出来ました。 ところで今回ゲストさんのお一人、スバッツを準備するのを忘れてしまい、急遽ビニールテープで応急処置。 昨シーズン1月6日の偵察の様子です。

登山道が廃道だった頃の大高山の話

1992年2月 2000m前後の上信越国境の山々が野反湖を中心として東は三国峠、西は志賀高原へと連なっている。大高山は、野反湖から西へ志賀高原の赤石山へと続く国境稜線上の中間あたりに、2079mの高さで聳えている。草津温泉から眺められる大高山には、いかにもスキーに適した広いなだらかな尾根を見つけることができる。マイナーな山域であり、ここを誰かが滑ったという記録は知らない。かつて整備されたことがあるという国境稜線の登山道は、大きな台風で荒廃したまま藪の中に埋もれてしまっているようだ。地形図にある点線の登山道を頼りに、昨年の夏と秋に一度ずつ大高山への偵察を試みたが、まだ湯気が出ていそうな熊の大きな糞に驚かされたり身動きが取れなくなるほどの藪に阻まれるばかりで、大した収穫は無かった。それでも大高山直下には五三郎小屋という立派な避難小屋があるはずなので、かつては整備された登山道がしっかりあったようだ。現在その小屋がどういう状況なのか、わたしの周りでは知っている人もいなくて、どうやら地元でも最近は登った人がいないようだ。 今回は、鬱陶しい藪を雪が隠してくれる厳冬期に、スキーを活用して大高山に登頂し、まだ誰にも滑られたことが無いであろう尾根のスキー滑降を試みるべく、1泊2日の予定で林道入り口から出発した。 土曜日の午後1時半過ぎ、ここから続く林道の終点でテントを設営することにする。天気は、雪がちらつき寒い。強い冬型である。視界もあまり利かず、明日の行動が不安であるが、天気予報によれば少しずつよくなるというので決行する。同行の仲間はクロスカントリースキーだ。テレマークスキーよりもさらに軽快そうに先を歩く。ガラン沢が左に険しく切れ落ちている林道を1時間半歩き、今日のテン場についた。テントを設営した後、明日のルートを少しでも確認しておくため、偵察に出かける。ここからは地図にも出ている古い登山道を辿りたいのだが、いかんせん藪が相当ひどいようで1メートルあまりの積雪でも埋まり切っていない。甘い考えだった。すぐにひどい藪に進退窮まって仕方なく深く切れ込んでいるミドノ沢へ降りることにした。沢の渡渉は問題無く、飛び石伝いに渡って対岸の雪壁を攀じ登る。面倒くさいルートになったが、沢を渡ってしまえばこの先は単調な尾根歩きなので、今日はここまでとする。 翌朝8時過ぎに出発。国境稜線の山々はガスっているけど、南の空は雲もなくよく晴れている。目指す大高山は望めないがそのうちそのどっしりとした姿を現してくれるだろう。すんなりミドノ沢をまたいで、今は手入れもされず忘れ去られてしまったようなカラマツの植林地のなだらかな尾根に立つ。ここからはとにかく忠実に尾根筋を登るのだ。1500m付近よりカラマツの植林地からブナやナラの原生林に変わる。何百年という樹齢のブナやミズナラの大木は、身震いするほどに美しいと思う。登るにしたがい展望がどんどん開け、植生がダケカンバの疎林などに変わる。右に八間山が全貌を現し始め、後ろには浅間山が雄大な姿を誇示する。そして左には一ツ石と呼ばれる1825mの小ピークと2039mのダン沢の頭が間近に迫ってくる。いつの間にかガスが晴れ、真っ青な空が眩しくなってきた。私たちの突然の侵入に驚いたのであろう、つい今しがた駆け上がっていったウサギの足跡が新雪に生々しく刻まれていた。 ミドノ平の手前の1810mの小ピークを越えるとアオモリトドマツの林に変わる。風が強く吹くようになる。天狗平で昼食をとり、12時半頃出発。大高山への最後の登りだ。ミドノ平のちょっとした雪原を横切り、稜線に取り付く。稜線に立つと、魚野川に荒々しく切れ落ちている岩菅山の白い山肌が望まれ、このあたりの自然の厳しさを物語っているように感じた。あと標高差は300m弱。重い湿雪のラッセルに悩まされながら、1時40分登頂した。 私にとっては、初めてのピーク。パノラマを堪能した。さて待望のスキー滑降だったが、気温が上昇してのりのようにベトつく悪雪となってしまい、ほとんど直滑降となってしまった。しかし西向きの斜面でかろうじてサラサラの粉雪が残っていて、きれいなテレマークターンが決まった。仲間はクロスカントリースキーなので、滑降では苦労しているようだが、それでも器用に下りてくるもんだ。

高間山の思い出話

今は林道で楽に高間峠までやって来れる。峠からさらに山頂まで整備された登山道があって15分くらいで山頂に立てることだろう。高間山というと、30年くらい前の林道吾嬬山線が建設中の頃の話が思い出される。高間山は、六合村と長野原町と吾妻町の3町村境界にある1341.7mの小さな山だが、この辺りでは1番標高が高く、1度登ってみたかった。 高間集落あたりから高間山への登山道があるらしいので、探しに来たことがあった。今ではもう藪の中からも昔の開拓農家の残骸は見つからなくなってしまったが、その時はまだいくつかあった。最終人家の倉庫の中で花インゲンの皮むきをしていたおじいさんに聞いてみることにした。ちょっと耳が遠くて説明するのに手間取ったが、話が理解できると親切に教えてくれた。高間山への登山道はこの下の左へ行く道だそうだ。な~んだそうだったのか。ついでに王城山への道もあるか聞いてみたら、さらに水平に行けばあるという。やっぱ土地の古老は何でも知ってる!丁寧に礼を言って出発しようとしたら、おじいさんはわざわざ道まで出てきて、さらに人なつこく同じことを説明してくれ、人情の深さに感激。しかし行かねばならない。何度も丁寧に礼を言って、出発した。 北風が汗ばんだ身体に気持ちよく、どんどん進んで行く登山道入り口らしきものはいつまでたってもない。林道がこのまま行くと長野原町の貝瀬へ下っていってしまうだろうという地点でストップ。登山道らしき獣道やら仕事道を探し回るが、どれも違う。おじいさんこれはどういうこと!そういえば、途中で畑仕事をしていた別のおじいさんがいたっけ。ようし、その人に聞いてみよう。てけてけ来た道を戻る。収穫の終わった花インゲン畑で、なにやら仕事中のおじいさんがいた。大きな声で「高間山の登山道はどこですか。」と聞いてみた。おじいさんは怪訝な顔をしている。どうも意味が通じないのかと思い、わかりやすくゆっくり、「高間山に登りたいのですが、高間山の登山道の入り口はどこですかあ。」と聞く。するとおじいさんはなんと「ここが高間山だ。ここら一帯すべて高間山と言うんだ。」と答えた。なかなかこちらの意味が通じないようなのでしつこく聞き返すと、最後にこの辺り一帯の山はすべて高間山と言うんだと煙に巻かれてしまった。 まだあきらめるわけにはいかないので、「じゃあ、登山道の入り口はどこですか。」と切り返してみた。すると、「登山道の入り口はこのずっと下の広池というところだ。みんなそこから登るんだ。」と、またもやあっと驚く言葉が返ってきた。なるほど国道292号線沿いの広池集落から山腹のここまで心細い村道が上がってきているのだが、考えようによってはその通りだ。珍名答に思わず納得しそうになって唸ってしまった。 最後の粘りでもう一度丁寧に聞いてみた。「高間山の山頂へ行く登山道なんですが、どこですか。」と。そしたらなんと「それはない!」という答えが返ってきた。高間山山頂へ行くには、ちゃんとした登山道はなく、沢か尾根を適当に登って行くしかないとのこと。「昔はあったが、そんな道はもうなくて、知ってるのは年寄りくれえだ。わしも年寄りだけど、もっと年寄りだ。」 そんな高間山頂には、その後雪の時期に気の合う相棒と初めて立った。

2024シーズンチャツボミゴケ公園スノーシューハイキング開催!

ちょっぴりモルゲンロート色に輝く芳ヶ平湿地群。昨夜は大風が吹いていたので、高い山では小雪が舞ったようです。ところで、2024シーズンも中之条町観光協会主催チャツボミゴケ公園スノーシューハイキングが開催されます。新しい開催要項がホームページで公開されているので紹介します。 開催要項はこちらです。→ ラムサール条約登録地を歩く!チャツボミゴケ公園スノーシュー ハイキング | 旅なかのじょう|中之条町観光協会|群馬県のツアー (tabinakanojo.com) 生き生きとした春〜秋の景色から一変した、一面の白銀の世界をスノーシューで散策。幻想的な美しさに心を奪われます。※チャツボミゴケ公園は12月から4月まで冬期閉鎖中です。ツアーの参加者に限り特別に入園が許可されています。 ところで昨年1月、群馬高崎市出身の世界的総合格闘家堀口恭司さんをチャツボミゴケ公園のスノーシューでガイドさせて頂きました。その時のユーチューブ動画が公開されているので、ぜひご覧ください。 このツアーに参加前後、中之条町内の宿泊施設にご宿泊の方にはプチプレゼントをご用意!!六合温泉郷(花敷・尻焼・応徳)、四万温泉、沢渡温泉など魅力あふれる中之条町の温泉での滞在もお楽しみ下さい。※予約の際に宿泊有無をお知らせください。※各宿泊施設への送迎はツアーに含まれません。各自手配をお願いいたします。

1997年2月の芳ヶ平

 志賀草津道路は11月の中旬から4月の下旬まで冬季閉鎖になる。厳冬期、2000メートルの高所を通る区間は、相当厳しい気象である。弱い冬型の気圧配置の日でも、二月初旬の山田峠は、体重75キロの体が簡単によろけてしまうくらいの風が吹く。吹き溜まりはかなりの積雪になり、過去に雪崩の記録もある。その上ガスも発生しやすいので、車で通り過ぎる人から見れば大した事のない峠なのであるが、冬は昔から遭難が多いのだ。志賀草津周辺のスキーツアー解禁が3月1日と決められているのは、このような事情があるからなのだろうか。   志賀方面へツアーするときは、私はいつも六合村から入山する。鋼管休暇村の長い林道を歩き、関東ふれあいの道というハイキング道沿いに芳ヶ平を目指す。一度ウサギを追う猟師たちと出会った事があるくらいで、雪のある時期はまず人に会うこともない樹林の中の静かなコースである。リフトやゴンドラを利用していっきに高度を稼げば楽だが、のんびり歩いて登るのもいいものだ。でも今回は、某スキー場の最終リフト降り場から歩き始めるという楽な手段をとってしまった。 今冬は少雪の年のようだ。まだ2月初旬だが、あまりにも少なすぎる。去年の半分の積雪だ。芳ヶ平から先の雪の状態が心配だった。約1時間、志賀草津道路を歩いていつもの芳ヶ平へ滑降する尾根の突端にあたる地点についた。志賀草津道路の最高地点からの急斜面も良いが、この時期はやはり雪崩が怖い。尾根コースならば安心だ。このコースは、心地よい斜度が一定に続くなかなか魅力的なコースである。今まで何回も滑っているが、雪質も良い。 ところが今回はそうではなかった。やはり少雪が原因か。日当たりが良く風の影響も受けやすい斜面は、かなり手ごわいモナカ雪で、幾度か転倒した。しかし今シーズンはまだ誰にもシュプールを刻まれてはいないであろうこの処女雪の斜面に自分一人のシュプールを刻むのは、いくら転倒しようとも爽快な気分が残った。 芳ヶ平に降り立つとガスも晴れて、無人の雪原を小屋に向かって進んだ。小屋は夏季も管理人が入らなくなったようで、なんとなく寂れた雰囲気が漂っていた。渋峠から草津へ抜けるコースには、一本のシュプールが残されていた。ここからはやっとこさ滑れるくらいの雪しかなく、六合村へ降りるのをやめて、草津へ降りることにした。

芳ヶ平ヒュッテのフロール

1999年1月  芳ヶ平ヒュッテが新しく改築され、そこにこれまた新しい管理人御夫婦が1年中住むという噂を耳にしていて、今回少しどきどきしながら芳ヶ平へスキーツアーに仲間と出かけた。林道を小一時間ダラダラ歩きした後にいよいよ山深く入っていくと、だんだん森の雰囲気が良くなってくるのだ。  例えば、平兵衛池の手前の辺りや大平湿原の入口、私たちの仲間内だけで呼んでいる通称おむすび山が望める大平湿原、そしてもちろん芳ヶ平周辺とどこも心が洗われてくるような素朴な景色なのである。初めて連れてきた仲間2人も、後日その時の感動をメールで送ってくれた。私はもう8年もこのコースに通い詰めているが、飽きるということがない。  ところで平兵衛池にはある伝説が伝わっている。こういったものはたいがい不思議な話が多いのであるが、平兵衛池の伝説もなんと言ったらいいかわからない不思議な話である。しかし実際そこへ訪れてみると、そんな不思議な伝説があってもおかしくないような雰囲気なところなのである。 どのような話かというと、「昔々草津の湯本平兵衛という者に美しい一人娘があった。蝶よ花よといつくしまれて育ったが、もう年頃になったある年のこと、山の雪もようやく消えて草も木も一時に芽を吹いた明るい春の一日、両親の許しを受けた娘は、待女等をつれてワラビ狩りに出かけた。その美しい一行が山麓平兵衛池のほとりに来たとき、娘は何を思ったか突然岸辺へ走り寄り、丈の黒髪をとくよと見る間にするすると池の中へ引き入れられるよう身を没してしまった。はっと気のついた待女等は顔色を変えて周章狼狽したけれど、如何ともすることができずただ呆然としていると、池の水がにわかに湧き立ち、娘は突然龍となって現れ、やよ聞け、私はこれよりこの池の主となるべし。何事も因縁であり、いたずらに悲しむことなく、夙く帰ってこのことを両親に伝えよ。と再び池の底深く姿を消した。」というものである。いかがでしょうか。  おむすび山を登り上げ、いよいよ芳ヶ平に足を踏み入れようとしたとき、突然ワンちゃんが現れて私にさかんに吠えてきた。仲間はまだずっと後ろの方で、あまり動物が得意でなかった私は、警戒態勢に入った。本当に今から思うと情けない話であるが、動物は逃げれば追ってくるという習性があると知っていたので、とにかく威嚇した。相手が50メートルくらい離れているのに、大きな声を出したり、ストックをたたいて音を出したり遠くから見ている人がいたらさぞ滑稽だったろう。しかし私は北海道のヒグマと出会っても同じようにするであろう真剣さで、対処していたのだ。するとどうだろう、後から来る仲間は全然恐れないでこの吠えまくるワンちゃんを招き寄せるではないか。とたんワンちゃんは吠えるのをピタリとやめてじゃれついているのである。なんだなんだ。今までの私はなんだったのだ。急に恥ずかしくなってしまったが、気を取り直してとりあえず自分にもじゃれついてくれないかと今度は甘い声で招き寄せてみた。やはり私に対しては心からじゃれついてくれなかった。  このワンちゃんは芳ヶ平ヒュッテの大事な家族の一員であった。管理人さんが、もしわたしのこの有様を一部始終見ていたとしたら、本当に恥ずかしい。そしてこのワンちゃんがますます私になついてくれる様子を見るにつけ、自身の動物観の貧弱さをあらためる必要があるという反省の心がわき上がってきた。なぜかムツゴロウさんの顔が浮かんで偉大だと感心した。 この可愛い可愛い犬は、フロールだ。管理人さんはそのうちインターネットでフロール通信というのを始める予定だそうで、将来は人気者間違いなしだろう。今度芳ヶ平を訪れたときは、もう決して吠えないでね。そして私のところへ一目散に走り寄り、クンクンとじゃれついてね。 管理人夫婦は気さくな方だった。シールを忘れてもうこれ以上進むことができなくなった仲間に快く自分のシールを貸してくれた。おかげで全員が池ノ塔山のてっぺんからの楽しい滑降を堪能できた。  滑降後ヒュッテででゆっくり休憩させてもらった。この冬の初めてのツアースキーヤーだったようだ。休憩料は一人300円。この雪の原野の中で、ひとときのくつろぎの空間に対する見返りとしては、当然ではなかろうか。ゆっくりしているうちに、外は濃いガスが立ちこめてきたが、勝手知ったるところなので気楽に帰途についた。予想通り1時間半ぴったりでボトムに下山した。

初冬の静かな野反湖の風景2023-11-18,19

湖面のエメラルドの帯が幻想的です。新雪が薄く積もった池ノ峠展望台まで登ってみました。ここからの浅間山は、まるで富士山のように秀麗で威厳があります。 北風が吹き抜ける湖面に目を凝らせば、白兎が飛び交う時化の海と化していました。 小さな動物たちがすでに動き出しているようです。人間の足跡に驚いて慌てて立ち去ったのかもしれません。 稜線の高い山は厚い雲の中に隠れていました。グリーンシーズンのトレッキングの幕はこれでどうやら下りたようです。 この季節の針葉樹とダケカンバの森の美しさは格別です。新緑の頃ももちろんいいですが、落葉したダケカンバのクリーム色の幹が際立つのは今のような気がします。 日曜日の午後、中之条町のつむじで地元ロータリークラブ主催のジャズコンサートがありました。ジャズのライブは久しぶりです。しかも若い時から名前は知っているベーシストがリーダーということで、どんな素敵な演奏を聴かせてくれるか、この日が来るのをとても楽しみにしていました。 ピアノ、ベース、ドラムスのトリオの演奏は、演目はほぼベーシストの魅力的なオリジナルばかりで素晴らしかったです。その中で一曲アランフェスのテーマを弓で弾いてくれました。ド迫力のバーチュオーゾの音には思わず酔いしれちゃいました。白髪のバーチュオーゾと若いメンバーたちのエネルギッシュな演奏は、あっという間の楽しい時間でした。 中之条町でご機嫌なジャズが楽しめた昼下がりの午後でした。感謝。